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	<title>日本長老教会 さがみのキリスト教会</title>
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	<description>“すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます”「聖書マタイの福音書11章28節」</description>
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		<title>イエスの十字架</title>
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		<pubDate>Sun, 19 Feb 2012 04:30:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[主日説教]]></category>

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		<description><![CDATA[マルコの福音書15章21－32節 &#160; はじめに 今日の聖書箇所には、イエス様がいよいよ十字架に付けられるという出来事が書かれています。この出来事には、イエス様の様々な恵みが散りばめられています。到底すべてを語り尽くすことのできない、そういう出来事です。ですから今日は21節～32節を学びますけれども、もう少し細かく区切ってじっくり学んでも良いのではないかと思ったほどです。 &#160; 1．十字架を負わされたクレネ人シモン 例えば21節。この1節だけでも十分に色々な恵みを味わうことができます。ここには「シモンというクレネ人」が出てきます。この人は何をした人なのか。この人は、イエス様が付けられることになる十字架を「ゴルゴタ」という場所まで背負っていった人です。なぜこの人は、イエス様の十字架を背負ったのでしょうか。それは、「いなかから出て来て通りかかった」からです。彼は、イエス様の十字架を背負う予定はありませんでした。たまたま、イエス様の十字架の前を通りかかっただけなのです。おそらく過越の祭のために、朝早く「いなか」から出て来て、エルサレムに向かっていたのでしょう。すると突然、ローマの兵士たちに声をかけられ、そのままイエス様の十字架を「むりやり」背負わされることになったのです。ここに「むりやり」とあるように、彼は自分で望んでイエス様の十字架を背負ったわけではありません。彼は「強制的に」イエス様の十字架を背負わされたのです。 なぜでしょうか。なぜ彼がイエス様の十字架を背負わされることになったのでしょうか。それはおそらく、イエス様が自分で背負えないほど、この時すでに弱りきっていたからだと思います。イエス様はすでに大祭司の家で、こぶしで殴られたり、平手で打たれたりしていました。またピラトのもとでは、むち打たれていました。そしてローマの兵士たちには、いばらの冠をかぶらされ、葦の棒で頭を叩かれたりしていました。イエス様はすでにボロボロだったのです。イエス様はボロボロの状態から十字架につけられるのです。 ではシモンが背負った十字架はどのようなものだったのでしょうか。当時、十字架に付けられる者は、自分で「ゴルゴタ」まで十字架を背負っていかなければらなかったのですけれども、その背負う十字架というのは、「横の棒」だけだったと言われています。十字架の「縦の棒」は、最初から「ゴルゴタ」に埋め込まれていたようなのです。しかし「横の棒」だけでも、相当な重さだったと思います。イエス様はすでに「横の棒」すら背負う力が残っていなかったのです。 さて十字架を背負っている時のシモンの気持ちは、どのようなものだったのでしょうか。シモンにとっては予定外であり、望んで背負ったものではありませんでした。ですから不平・不満を口にしたかもしれません。イエス様を憎んだかもしれません。しかしキリスト教会は、彼が後にクリスチャンになったと信じてきたのです。なぜしょうか。なぜキリスト教会は、彼が後にクリスチャンになったと信じたのでしょうか。それは、彼の息子たちから推測したのです。彼には「アレキサンデルとルポス」という息子たちがいたと書かれています。なぜここに息子たちの名前が出てくるのでしょうか。これまでマルコの福音書には、この息子たちの名前は一度も出てきていません。それなのになぜここに、息子たちの名前が出てくるのでしょうか。それは、マルコの福音書を読んだ最初の人たちの中に、この息子たちをよく知っている人たちがいたからではないかと思います。マルコは、マルコの福音書を最初に読む人たちに、「イエス様の十字架を背負ったのは、あなたたちのよく知っている「アレキサンデルとルポス」のお父さんなんだよ」ということを知らせるために、わざわざシモンを「アレキサンデルとルポスとの父」と紹介しているのではないかと思うのです。マルコの福音書は、ローマのクリスチャンたちに宛てて書いたものだと言われています。そこでローマ人への手紙16章13節を見ると、何と「ルポス」の名前が出てくるのです。パウロはそこで「主にあって選ばれた人ルポスによろしく」と書いています。これはおそらくシモンの息子「ルポス」のことだと思います。 シモンはイエス様の十字架を「むりやり」背負わされた時、不平・不満を口にして、イエス様を憎んだかもしれません。しかし後にイエス様を信じて、イエス様の素晴らしさを息子たちにも知らせたのだと思います。そして息子たちはイエス様を信じるようになり、ローマの教会で中心的な人物になっていったのではないかと思います。 シモンは「むりやり」イエス様の十字架を背負わされました。自分で望んで十字架を背負ったわけではありませんでした。しかし彼は、「むりやり」背負わされた十字架を通して、自分で望まなかった十字架を背負うことを通して、神様の恵みと祝福に与る者となったのです。私たちの人生は、必ずしも自分の望む通りにはなりません。多くの場合は、自分の望む通りにはいかないものです。突然の出来事に巻き込まれたり、突然の病に見舞われたりして、何でこんなことになってしまったのだろうと思うこともしばしばです。口からは不平・不満が出てきて、誰かのせいにしたり、置かれている環境や状況を嘆いたりします。しかし私たちは、シモンの身に起こった出来事から学ばなければなりません。私たちは、「むりやり」背負わされた十字架を通して、自分で望まなかった十字架を背負うことを通して、神様の恵みと祝福に与る者となっていくということを。神様の恵みと祝福は、必ずしも自分が望む道に用意されているわけではないと思うのです。自分が望まなかった道に、自分がまるで遠回りしているように思える道に用意されているということがあるのではないかと思います。昔よく「強いられた恵み」という言葉を聞きました。昔はあまりこの言葉が好きじゃありませんでした。しかしシモンの身に起こった出来事を見る時、確かに「強いられた恵み」というものもあるのだと思わされます。ですから皆さん、たとえ今、自分の望む道に進んでいないように思えても、そこに神様の恵みと祝福があるという希望を持っていただきたいと思います。 もう一つシモンの出来事から教えられることは、シモンの姿は、十字架を負う弟子の姿を現しているということです。もちろんシモンはこの時、望んで十字架を背負ったわけではありません。「むりやり」背負わされたのです。しかしマルコの福音書は、十字架を負う弟子の姿を、シモンを通して描いているのではないかと思います。イエス様は8章34節でこのように言われました。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」。シモンの姿に、イエス様について行く者の、私たちクリスチャンのあるべき姿があるのです。イエス様と同じ道を歩む、イエス様が歩まれたように歩む、イエス様と同じように神様から与えられた使命に生きる、神様の御心を行なって生きる、それこそ十字架を負って生きるということでしょう。シモンは、十字架を背負った分、十字架の重みを知ったでしょう。そして後には、十字架を背負った分、十字架の重みの意味を知ったでしょう。その重みが自分の罪の重みであること、またその重みがイエス様の愛の重みであることを。だからこそ彼は、イエス様を信じ、そのイエス様の素晴らしさを息子たちに知らせたのだと思います。 私たちも十字架を負った分、その重みを知るのだと思います。十字架を負って生きた分だけ、イエス様の素晴らしさ、自分の罪の重さ、イエス様の愛の重さを知っていくのだと思います。イエス様を信じて、ただ自分勝手に生きていては、自分の好きなように生きていては、十字架の重みを知ることはできません。イエス様の愛の重みもイエス様の素晴らしさも知ることはできません、私たちは、十字架を負って生きていく時にこそ、イエス様の愛の重み、イエス様の素晴らしさを益々知っていくようになるのです。 &#160; 2．ユダヤ人の王イエス さてイエス様はいよいよ十字架に付けられることになります。イエス様の頭上には「罪状書き」が掲げられました。その「罪状書き」には、「ユダヤ人の王」と書かれてました。つまりイエス様は、「ユダヤ人の王」と自称してローマ帝国に対する反逆罪を犯した者として十字架に付けられたということなのです。しかしヨハネの福音書には、この「罪状書き」に対して祭司長たちが不満を漏らしたと書かれています。祭司長たちはピラトにこう言うのです。「ユダヤ人の王、と書かないで、彼はユダヤ人の王と自称した、と書いてください」。祭司長たちは、「罪状書き」に「ユダヤ人の王」とだけ書いてあるのが許せなかったのです。なぜなら彼らは決して、イエス様を自分たちの「王」と認めていなかったからです。ですから彼らは、「ユダヤ人の王」というのはイエスが自分で勝手に言っているだけのことだ、ということがちゃんと分かるように書き改めてほしいと願ったのです。しかしピラトは、書き改めようとしませんでした。なぜでしょうか。なぜピラトは書き改めなかったのでしょうか。ピラトはイエス様を「ユダヤ人の王」と認めていたのでしょうか。そうではありません。彼もまたイエス様を、「ユダヤ人の王と自称した者」としてしか見ていなかったと思います。ではなぜでしょうか。なぜピラトは書き改めなかったのでしょうか。そのはっきりした理由は分かりません。しかし私自身は、ピラトが書き改めなかったことに、神様の導きを感じるのです。なぜならイエス様は確かに、私たちの「王」であるからです。十字架に付けられたイエス様こそ、私たちの「王」であるからです。マタイの福音書28章18節でイエス様はこのように言われました。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています」。イエス様は十字架に付けられることによって、「王の王」となられて、いっさいの権威の上に立つ方となられたのです。十字架の「罪状書き」は、そのことを表しているのではないでしょうか。当時のローマ人たちやユダヤ人たちは、誰もイエス様を「王」と認めていませんでした。むしろ馬鹿にするかのように「ユダヤ人の王」という「罪状書き」を眺めました。しかし私たちイエス様を信じる者たちは、その「罪状書き」を馬鹿にして眺めるようなことをしません。真実に、そのまま受け取るのです。確かに十字架に付けられたイエス様こそ、私たちの「王」であると。 イエス様を信じるということは、その「罪状書き」をも受け入れるということです。つまりイエス様を、「私の王」として受け入れることです。イエス様を「王の王」、「いっさいの権威の上に立つ方」として受け入れることです。私たちがこの世で生きていく時、様々な権威の下に生かされています。しかし私たちが究極的に従う権威は、イエス様にあるのです。もし、この世の権威とイエス様の権威が対立する場合には、私たちはイエス様の権威に従っていくべきなのです。イエス様を「私の王」として受け入れるということは、そういうことです。現代は、イエス様が十字架に付けられた時のように、多くの人がイエス様が「王」であることを認めません。それを馬鹿げたことのように思っています。しかし私たちイエス様を信じる者は、そのような中で、イエス様の「罪状書き」をそのまま受け入れていく、馬鹿にすることなく、真実に受け入れていく者なのです。 &#160; 3．十字架を降りず、自分を救わないイエス さて十字架に付けられたイエス様は、今日の聖書箇所で3種類の人々から「ののしり」や「あざけり」を受けることになります。まず第一の人々は、29－30節にあるように「道を行く人々」です。そして第二の人々は31－32節にあるように「祭司長たちと律法学者たち」です。そして第三の人々は、イエス様と一緒に十字架に付けられた「ふたりの強盗」です。イエス様はこのように3種類の人々から「ののしり」や「あざけり」を受けることになりますが、この3種類の人々の「ののしり」や「あざけり」はほとんど同じ内容です。どういう内容か。それは「十字架から降りて来て、自分を救え」というものです。そして彼らは、「それを見たら信じる」と言うのです。 彼らは奇跡を求めたのです。もちろん本気で求めているわけではありません。馬鹿にしているだけです。しかし彼らは「十字架から降りる」という奇跡を求めて、その奇跡を見たら信じると言うのです。どの時代も人々は奇跡を求めます。奇跡を見たら信じると言うのです。ではイエス様は、彼らを信じさせるために奇跡を行なったでしょうか。十字架から降りて見せたでしょうか。イエス様は決して十字架から降りることをしないのです。なぜでしょうか。なぜイエス様は十字架から降りないのでしょうか。イエス様には当然、奇跡によって十字架から降りることもできたでしょう。しかしイエス様はそれをなさらないのです。なぜでしょうか。それは、この十字架が私たち人間に対する神様の裁きと呪いであるからです。イエス様は、私たち人間の代わりに神様の裁きと呪いを、この十字架で受けられたのです。もしイエス様が十字架から降りられたら、私たち人間が救われる道が閉ざされてしまうのです。イエス様は私たち人間を救うために、十字架から降りられなかったのです。 イエス様は「十字架から降りる」という奇跡によって、人々に御自身を信じさせようとはなさらなかったのです。むしろ「十字架で死なれる」ということを通して、人々に御自身を信じさせようとなさったのです。イエス様は奇跡よりも、「十字架の死」を通して、人々に御自身を信じさせようとなさったのです。 現代でも人々は奇跡を求めます。現代でも様々な奇跡を行うキリスト教の集会があります。それによって人々を信じさせようとします。しかしイエス様は、奇跡よりも十字架を見ることを求めておられるのではないでしょうか。「十字架から降りる」イエス様を見るよりも、「十字架で死なれた」イエス様を見ることを求めておられるのではないでしょうか。もし私たちが見るべき奇跡があるとすれば、それは復活です。私たちがイエス様を信じるには、十字架と復活の事実さえあればそれで十分なのです。それ以外の不思議な奇跡など必要ないのです。十字架と復活の事実さえあれば、私たちはイエス様を信じることができるのです。 多くの人は、自分なりのやり方でイエス様を信じようとします。ああなったらイエス様を信じる、こうなったらイエス様を信じる、しかしもし私たちが自分なりのやり方でイエス様を信じようとするなら、おそらくいつまでもイエス様を信じることはできないでしょう。イエス様を信じるには、自分なりのやり方ではなく、イエス様のやり方で信じなければならないのです。イエス様は十字架と復活を見ることを求めておられるのです。そして、そこにこそイエス様を信じる道があると言われるのです。私たちには、いつでもイエス様を信じる道が用意されているのです。十字架と復活は、いつでも私たちの目の前に差し出されているのです。あとは、私たちがそれを受け入れるか、受け入れないか、だけです。イエス様は今日も、私たちを十字架と復活を見るようにと招いているのです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>
<p><strong>マルコの福音書<span style="font-family: Century;">15</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">21</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">－</span><span style="font-family: Century;">32</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節</span></strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>はじめに</strong></p>
<p>今日の聖書箇所には、イエス様がいよいよ十字架に付けられるという出来事が書かれています。この出来事には、イエス様の様々な恵みが散りばめられています。到底すべてを語り尽くすことのできない、そういう出来事です。ですから今日は<span style="font-family: Century;">21</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節～</span><span style="font-family: Century;">32</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節を学びますけれども、もう少し細かく区切ってじっくり学んでも良いのではないかと思ったほどです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>1．十字架を負わされたクレネ人シモン</strong></p>
<p>例えば<span style="font-family: Century;">21</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節。この</span><span style="font-family: Century;">1</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節だけでも十分に色々な恵みを味わうことができます。ここには</span>「シモンというクレネ人」が出てきます。この人は何をした人なのか。この人は、イエス様が付けられることになる十字架を「ゴルゴタ」という場所まで背負っていった人です。なぜこの人は、イエス様の十字架を背負ったのでしょうか。それは、「いなかから出て来て通りかかった」からです。彼は、イエス様の十字架を背負う予定はありませんでした。たまたま、イエス様の十字架の前を通りかかっただけなのです。おそらく過越の祭のために、朝早く「いなか」から出て来て、エルサレムに向かっていたのでしょう。すると突然、ローマの兵士たちに声をかけられ、そのままイエス様の十字架を「むりやり」背負わされることになったのです。ここに「むりやり」とあるように、彼は自分で望んでイエス様の十字架を背負ったわけではありません。彼は「強制的に」イエス様の十字架を背負わされたのです。</p>
<p>なぜでしょうか。なぜ彼がイエス様の十字架を背負わされることになったのでしょうか。それはおそらく、イエス様が自分で背負えないほど、この時すでに弱りきっていたからだと思います。イエス様はすでに大祭司の家で、こぶしで殴られたり、平手で打たれたりしていました。またピラトのもとでは、むち打たれていました。そしてローマの兵士たちには、いばらの冠をかぶらされ、葦の棒で頭を叩かれたりしていました。イエス様はすでにボロボロだったのです。イエス様はボロボロの状態から十字架につけられるのです。</p>
<p>ではシモンが背負った十字架はどのようなものだったのでしょうか。当時、十字架に付けられる者は、自分で「ゴルゴタ」まで十字架を背負っていかなければらなかったのですけれども、その背負う十字架というのは、「横の棒」だけだったと言われています。十字架の「縦の棒」は、最初から「ゴルゴタ」に埋め込まれていたようなのです。しかし「横の棒」だけでも、相当な重さだったと思います。イエス様はすでに「横の棒」すら背負う力が残っていなかったのです。</p>
<p>さて十字架を背負っている時のシモンの気持ちは、どのようなものだったのでしょうか。シモンにとっては予定外であり、望んで背負ったものではありませんでした。ですから不平・不満を口にしたかもしれません。イエス様を憎んだかもしれません。しかしキリスト教会は、彼が後にクリスチャンになったと信じてきたのです。なぜしょうか。なぜキリスト教会は、彼が後にクリスチャンになったと信じたのでしょうか。それは、彼の息子たちから推測したのです。彼には「アレキサンデルとルポス」という息子たちがいたと書かれています。なぜここに息子たちの名前が出てくるのでしょうか。これまでマルコの福音書には、この息子たちの名前は一度も出てきていません。それなのになぜここに、息子たちの名前が出てくるのでしょうか。それは、マルコの福音書を読んだ最初の人たちの中に、この息子たちをよく知っている人たちがいたからではないかと思います。マルコは、マルコの福音書を最初に読む人たちに、「イエス様の十字架を背負ったのは、あなたたちのよく知っている「アレキサンデルとルポス」のお父さんなんだよ」ということを知らせるために、わざわざシモンを「アレキサンデルとルポスとの父」と紹介しているのではないかと思うのです。マルコの福音書は、ローマのクリスチャンたちに宛てて書いたものだと言われています。そこでローマ人への手紙<span style="font-family: Century;">16</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">13</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節を見ると、何と「ルポス」の名前が出てくるのです。パウロはそこで</span>「主にあって選ばれた人ルポスによろしく」と書いています。これはおそらくシモンの息子「ルポス」のことだと思います。</p>
<p>シモンはイエス様の十字架を「むりやり」背負わされた時、不平・不満を口にして、イエス様を憎んだかもしれません。しかし後にイエス様を信じて、イエス様の素晴らしさを息子たちにも知らせたのだと思います。そして息子たちはイエス様を信じるようになり、ローマの教会で中心的な人物になっていったのではないかと思います。</p>
<p>シモンは「むりやり」イエス様の十字架を背負わされました。自分で望んで十字架を背負ったわけではありませんでした。しかし彼は、「むりやり」背負わされた十字架を通して、自分で望まなかった十字架を背負うことを通して、神様の恵みと祝福に与る者となったのです。私たちの人生は、必ずしも自分の望む通りにはなりません。多くの場合は、自分の望む通りにはいかないものです。突然の出来事に巻き込まれたり、突然の病に見舞われたりして、何でこんなことになってしまったのだろうと思うこともしばしばです。口からは不平・不満が出てきて、誰かのせいにしたり、置かれている環境や状況を嘆いたりします。しかし私たちは、シモンの身に起こった出来事から学ばなければなりません。私たちは、「むりやり」背負わされた十字架を通して、自分で望まなかった十字架を背負うことを通して、神様の恵みと祝福に与る者となっていくということを。神様の恵みと祝福は、必ずしも自分が望む道に用意されているわけではないと思うのです。自分が望まなかった道に、自分がまるで遠回りしているように思える道に用意されているということがあるのではないかと思います。昔よく「強いられた恵み」という言葉を聞きました。昔はあまりこの言葉が好きじゃありませんでした。しかしシモンの身に起こった出来事を見る時、確かに「強いられた恵み」というものもあるのだと思わされます。ですから皆さん、たとえ今、自分の望む道に進んでいないように思えても、そこに神様の恵みと祝福があるという希望を持っていただきたいと思います。</p>
<p>もう一つシモンの出来事から教えられることは、シモンの姿は、十字架を負う弟子の姿を現しているということです。もちろんシモンはこの時、望んで十字架を背負ったわけではありません。「むりやり」背負わされたのです。しかしマルコの福音書は、十字架を負う弟子の姿を、シモンを通して描いているのではないかと思います。イエス様は<span style="font-family: Century;">8</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">34</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節でこのように言われました。</span>「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」。シモンの姿に、イエス様について行く者の、私たちクリスチャンのあるべき姿があるのです。イエス様と同じ道を歩む、イエス様が歩まれたように歩む、イエス様と同じように神様から与えられた使命に生きる、神様の御心を行なって生きる、それこそ十字架を負って生きるということでしょう。シモンは、十字架を背負った分、十字架の重みを知ったでしょう。そして後には、十字架を背負った分、十字架の重みの意味を知ったでしょう。その重みが自分の罪の重みであること、またその重みがイエス様の愛の重みであることを。だからこそ彼は、イエス様を信じ、そのイエス様の素晴らしさを息子たちに知らせたのだと思います。</p>
<p>私たちも十字架を負った分、その重みを知るのだと思います。十字架を負って生きた分だけ、イエス様の素晴らしさ、自分の罪の重さ、イエス様の愛の重さを知っていくのだと思います。イエス様を信じて、ただ自分勝手に生きていては、自分の好きなように生きていては、十字架の重みを知ることはできません。イエス様の愛の重みもイエス様の素晴らしさも知ることはできません、私たちは、十字架を負って生きていく時にこそ、イエス様の愛の重み、イエス様の素晴らしさを益々知っていくようになるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>2．ユダヤ人の王イエス</strong></p>
<p>さてイエス様はいよいよ十字架に付けられることになります。イエス様の頭上には「罪状書き」が掲げられました。その「罪状書き」には、「ユダヤ人の王」と書かれてました。つまりイエス様は、「ユダヤ人の王」と自称してローマ帝国に対する反逆罪を犯した者として十字架に付けられたということなのです。しかしヨハネの福音書には、この「罪状書き」に対して祭司長たちが不満を漏らしたと書かれています。祭司長たちはピラトにこう言うのです。「ユダヤ人の王、と書かないで、彼はユダヤ人の王と自称した、と書いてください」。祭司長たちは、「罪状書き」に「ユダヤ人の王」とだけ書いてあるのが許せなかったのです。なぜなら彼らは決して、イエス様を自分たちの「王」と認めていなかったからです。ですから彼らは、「ユダヤ人の王」というのはイエスが自分で勝手に言っているだけのことだ、ということがちゃんと分かるように書き改めてほしいと願ったのです。しかしピラトは、書き改めようとしませんでした。なぜでしょうか。なぜピラトは書き改めなかったのでしょうか。ピラトはイエス様を「ユダヤ人の王」と認めていたのでしょうか。そうではありません。彼もまたイエス様を、「ユダヤ人の王と自称した者」としてしか見ていなかったと思います。ではなぜでしょうか。なぜピラトは書き改めなかったのでしょうか。そのはっきりした理由は分かりません。しかし私自身は、ピラトが書き改めなかったことに、神様の導きを感じるのです。なぜならイエス様は確かに、私たちの「王」であるからです。十字架に付けられたイエス様こそ、私たちの「王」であるからです。マタイの福音書<span style="font-family: Century;">28</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">18</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節でイエス様はこのように言われました。</span>「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています」。イエス様は十字架に付けられることによって、「王の王」となられて、いっさいの権威の上に立つ方となられたのです。十字架の「罪状書き」は、そのことを表しているのではないでしょうか。当時のローマ人たちやユダヤ人たちは、誰もイエス様を「王」と認めていませんでした。むしろ馬鹿にするかのように「ユダヤ人の王」という「罪状書き」を眺めました。しかし私たちイエス様を信じる者たちは、その「罪状書き」を馬鹿にして眺めるようなことをしません。真実に、そのまま受け取るのです。確かに十字架に付けられたイエス様こそ、私たちの「王」であると。</p>
<p>イエス様を信じるということは、その「罪状書き」をも受け入れるということです。つまりイエス様を、「私の王」として受け入れることです。イエス様を「王の王」、「いっさいの権威の上に立つ方」として受け入れることです。私たちがこの世で生きていく時、様々な権威の下に生かされています。しかし私たちが究極的に従う権威は、イエス様にあるのです。もし、この世の権威とイエス様の権威が対立する場合には、私たちはイエス様の権威に従っていくべきなのです。イエス様を「私の王」として受け入れるということは、そういうことです。現代は、イエス様が十字架に付けられた時のように、多くの人がイエス様が「王」であることを認めません。それを馬鹿げたことのように思っています。しかし私たちイエス様を信じる者は、そのような中で、イエス様の「罪状書き」をそのまま受け入れていく、馬鹿にすることなく、真実に受け入れていく者なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>3．十字架を降りず、自分を救わないイエス</strong></p>
<p>さて十字架に付けられたイエス様は、今日の聖書箇所で<span style="font-family: Century;">3</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">種類の人々から</span>「ののしり」や「あざけり」を受けることになります。まず第一の人々は、<span style="font-family: Century;">29</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">－</span><span style="font-family: Century;">30</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節にあるように</span>「道を行く人々」です。そして第二の人々は<span style="font-family: Century;">31</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">－</span><span style="font-family: Century;">32</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節にあるように</span>「祭司長たちと律法学者たち」です。そして第三の人々は、イエス様と一緒に十字架に付けられた「ふたりの強盗」です。イエス様はこのように<span style="font-family: Century;">3</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">種類の人々から「ののしり」や「あざけり」を受けることになりますが、この</span><span style="font-family: Century;">3</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">種類の人々の「ののしり」や「あざけり」はほとんど同じ内容です。どういう内容か。それは</span>「十字架から降りて来て、自分を救え」というものです。そして彼らは、「それを見たら信じる」と言うのです。</p>
<p>彼らは奇跡を求めたのです。もちろん本気で求めているわけではありません。馬鹿にしているだけです。しかし彼らは「十字架から降りる」という奇跡を求めて、その奇跡を見たら信じると言うのです。どの時代も人々は奇跡を求めます。奇跡を見たら信じると言うのです。ではイエス様は、彼らを信じさせるために奇跡を行なったでしょうか。十字架から降りて見せたでしょうか。イエス様は決して十字架から降りることをしないのです。なぜでしょうか。なぜイエス様は十字架から降りないのでしょうか。イエス様には当然、奇跡によって十字架から降りることもできたでしょう。しかしイエス様はそれをなさらないのです。なぜでしょうか。それは、この十字架が私たち人間に対する神様の裁きと呪いであるからです。イエス様は、私たち人間の代わりに神様の裁きと呪いを、この十字架で受けられたのです。もしイエス様が十字架から降りられたら、私たち人間が救われる道が閉ざされてしまうのです。イエス様は私たち人間を救うために、十字架から降りられなかったのです。</p>
<p>イエス様は「十字架から降りる」という奇跡によって、人々に御自身を信じさせようとはなさらなかったのです。むしろ「十字架で死なれる」ということを通して、人々に御自身を信じさせようとなさったのです。イエス様は奇跡よりも、「十字架の死」を通して、人々に御自身を信じさせようとなさったのです。</p>
<p>現代でも人々は奇跡を求めます。現代でも様々な奇跡を行うキリスト教の集会があります。それによって人々を信じさせようとします。しかしイエス様は、奇跡よりも十字架を見ることを求めておられるのではないでしょうか。「十字架から降りる」イエス様を見るよりも、「十字架で死なれた」イエス様を見ることを求めておられるのではないでしょうか。もし私たちが見るべき奇跡があるとすれば、それは復活です。私たちがイエス様を信じるには、十字架と復活の事実さえあればそれで十分なのです。それ以外の不思議な奇跡など必要ないのです。十字架と復活の事実さえあれば、私たちはイエス様を信じることができるのです。</p>
<p>多くの人は、自分なりのやり方でイエス様を信じようとします。ああなったらイエス様を信じる、こうなったらイエス様を信じる、しかしもし私たちが自分なりのやり方でイエス様を信じようとするなら、おそらくいつまでもイエス様を信じることはできないでしょう。イエス様を信じるには、自分なりのやり方ではなく、イエス様のやり方で信じなければならないのです。イエス様は十字架と復活を見ることを求めておられるのです。そして、そこにこそイエス様を信じる道があると言われるのです。私たちには、いつでもイエス様を信じる道が用意されているのです。十字架と復活は、いつでも私たちの目の前に差し出されているのです。あとは、私たちがそれを受け入れるか、受け入れないか、だけです。イエス様は今日も、私たちを十字架と復活を見るようにと招いているのです。</p>
</div>
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		<title>ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け</title>
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		<pubDate>Sun, 12 Feb 2012 04:30:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[主日説教]]></category>

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		<description><![CDATA[マルコの福音書15章1－20節 はじめに 私たちは毎週礼拝において「使徒信条」を告白します。その中に「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」という言葉が出てきます。今日の聖書箇所はまさに、イエス様が「ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受けられる」、そういう出来事が書かれています。 イエス様は真夜中に捕らえられて、大祭司の家に連れて行かれ、祭司長、長老、律法学者たちからなる「サンヘドリン」という議会のもとで裁判を受けられました。これは言ってみれば、宗教裁判です。そしてその裁判においてイエス様は、「神を冒涜した」として死刑を言い渡されるのです。 「神を冒涜した者」に対するユダヤの死刑の方法は、通常、石打ちでした。しかしご存知のように、イエス様は石打ちで処刑されることはありませんでした。イエス様は十字架で処刑されたのです。 十字架という死刑の方法は、実はローマ帝国の死刑の方法でした。ローマ帝国は、ローマ市民を死刑にする場合は「首切り」という方法を用いました。しかし奴隷や外国人を死刑にする場合は「十字架」という方法を用いたのです。これらのことからも分かるように、イエス様は「サンヘドリン」の議会によってではなく、ローマ帝国によってローマ帝国の死刑の方法で処刑されたのです。 なぜイエス様は「サンヘドリン」の議会によってではなく、ローマ帝国によって処刑されたのでしょうか。またなぜイエス様は、石打ちではなく、十字架で処刑されたのでしょうか。その理由の一つは、当時のユダヤは、ローマ帝国の支配の下にあったので、「サンヘドリン」の議会だけで勝手に人を死刑にすることはできなかったからです。ヨハネの福音書18章31節で、ユダヤ人たちはこのように言っています。「私たちには、だれを死刑にすることも許されてはいません」。ですから「サンヘドリン」の議会は、イエス様を死刑にするためには、ローマ帝国によって死刑にしてもらうほかなかったのです。それ以外に、イエス様を死刑にする道はなかったのです。これは言ってみれば、消極的な理由です。 しかしもう一つ、イエス様が「サンヘドリン」の議会によってではなく、ローマ帝国によって処刑された積極的な理由、石打ちではなく、十字架で処刑された積極的な理由があります。それは何か。それは、「サンヘドリン」の議会が、イエス様を「神に呪われた者」として処刑したかったからです。申命記8章23節には、「木につるされた者は、神に呪われた者だからである」という言葉があります。「サンヘドリン」の議会は、イエス様を十字架という木につるして、まさに「神に呪われた者」として処刑したかったのです。だからこそ「サンヘドリン」の議会は、イエス様をローマ帝国によって、ローマ帝国の死刑の方法で処刑したのです。ここに「サンヘドリン」の議会の、イエス様に対する憎しみの深さを見ることができます。 &#160; 1．沈黙されるイエス さて、このような理由から「サンヘドリン」の議会は、「夜が明けるとすぐに」、イエス様をローマ帝国の総督である「ピラト」のもとに連れて行ったのです。 ピラトは連れて来られたイエス様に、このように尋ねます。「あなたは、ユダヤ人の王ですか」。なぜピラトは突然このような質問をするのでしょうか。それは3節に、「祭司長たちはイエスをきびしく訴えた」とあるように、祭司長たちがこれまでもイエス様を色々と訴えていたのです。ルカの福音書を見ると、彼らはこのように訴えていたとあります。「この人はわが国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだと言っていることがわかりました」。彼らは何とかイエス様を、ローマ帝国によって死刑にしてもらいたいと思いました。「サンヘドリン」の議会では、イエス様を「神を冒涜した」として死刑に定めました。しかしそれはあくまでも宗教裁判の判決であって、ローマ帝国に通用するものではありません。ローマ帝国にとっては、「神を冒涜しても」何の罪にもならないのです。それでは死刑にすることはできないのです。ですから彼らは、イエス様をローマ帝国に反逆する政治的な犯罪者に仕立てようとしたのです。「この男は人々をローマ帝国に反逆させ、ローマ帝国の許可なく、自分を王だと主張する犯罪者です。どうか裁いてください」と彼らはイエス様を訴えたのです。 そこでピラトは「あなたは、ユダヤ人の王ですか」と尋ねたのです。ではそれに対してイエス様は何と答えるのでしょうか。イエス様は一言だけ、「そのとおりです」と答えるのです。イエス様は御自分を「王」だと宣言されるのです。しかし私たちは、このイエス様が御自分を「王」だと宣言されたことが、言葉の表面的な意味ではなく、もっと深い意味で言われたことであるということを知っています。イエス様はヨハネの福音書で「わたしの国はこの世のものではありません」と言われています。イエス様はこの世のものではない「国」の「王」であることを宣言されたのです。 しかし祭司長たちには、このイエス様の言葉の深い意味を読み取る力はありません。彼らはイエス様の言葉を表面的に受け取って、さらに色々と訴えるのです。 しかしピラトは意外と冷静であったようです。14節を見るとピラトは、「あの人がどんな悪い事をしたというのか」と言っています。また10節では「ピラトは、祭司長たちが、ねたみからイエスを引き渡したことに気づいていたからである」とあります。このようにピラトは、祭司長たちの訴えをあまり真面目に聞いていなかったようです。すべてを見透かしていたようです。 しかしそんなピラトも「驚いた」ことが一つありました。それは何か。それは、イエス様が「何もお答えにならなかった」ということです。イエス様は「そのとおりです」という言葉以外は、何も語らなかったのです。イエス様は十字架に近づけば近づくほど、言葉を語らなくなります。マルコの福音書においては、イエス様が十字架で息を引き取るまでに語られる言葉はあと一つだけです。「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という言葉だけです。イエス様はこれまで、祭司長たちのような宗教指導者たちとは何度も論争を重ねてきました。彼らが議論を仕掛けてきた時には、鋭い言葉で彼らを圧倒されました。しかしイエス様はここでは何も語らないのです。弁解しようと思えばいくらでも弁解することができたと思います。自分はユダヤ人の王になろうとはしていないし、カイザルへの税金も禁止した覚えもない、人々を取り込んでローマ帝国に反逆させようなどとも思ってもいない、口を開けばいくらでも弁解できたと思います。しかしイエス様は口を開かないのです。なぜでしょうか。なぜイエス様は口を開かないのでしょうか。それは、イエス様がここで受けている裁判は、表面的に見れば「ピラトによる裁判」ですけれども、霊的に見れば、「神様による裁判」だからです。今イエス様は、この裁判によって神様に裁かれようとしているのです。人々の罪を背負って、神様に裁かれようとしているのです。ですからイエス様はそれを受け入れ、口を開かずただ黙っておられるのです。 このイエス様の沈黙は、私たちのためです。私たちの罪を背負って神様の裁きに服するために、イエス様は弁解せずに、ただ沈黙しておられるのです。それに比べて私たちはどうでしょうか。私たちはやたらに自分の正しさを主張したがります。やたらに弁解したがります。自分の正しさを主張するために、人を罪に定めようとします。「あの人はダメだ」「あの人はおかしい」、そのように人を罪に定めて、自分自身を保とうとします。しかし私たちは、沈黙するイエス様を思い出さなければなりません。もしイエス様が沈黙を破られ、その正しさを主張されたら、私たちはたちまち罪に定められ、神様に裁かれて終わる者たちです。しかしイエス様は私たちを愛するが故に、沈黙を守り通されたのです。私たちの罪を赦し、私たちを生かすために、沈黙を守り通されたのです。そうであるならば私たちは、簡単に口を開けないはずです。簡単に自分自身を保つために、人を罪に定めることなどできないはずです。私たちは、イエス様の沈黙の中にある恵みを受け取りたいと思います。それと共に私たちの口を制御したいと思います。イエス様の沈黙があるからこそ、今の私たちがある、そのことをいつも覚えたいと思います。 &#160; 2．ピラトと群衆 さて8節を見ると、「それで、群衆は進んで行って、いつものようにしてもらうことを、ピラトに要求し始めた」とあります。ここにある「いつものように」とは何でしょうか。それは6節にあります。「ピラトは、その祭りには、人々の願う囚人をひとりだけ赦免するのを例としていた」のです。ですから群衆は、「いつものように」、「ひとりの囚人を赦免し、釈放してくれるように」とピラトに要求し始めたのです。 そこでピラトは、「このユダヤ人の王を釈放してくれというのか」と群衆に尋ねます。しかし群衆はピラトの予想に反して、「バラバを釈放してもらいたい」と言い出したのです。この「バラバ」という人は、7節で「暴動のとき人殺しをした暴徒たちといっしょに牢に入っていた」と説明されています。つまりこの「バラバ」という人は、ローマ帝国に反逆する暴動を起こし、その際に人殺しも行なった人だったのです。群衆はこの「バラバを釈放してもらいたい」と言い出したのです。なぜでしょうか。なぜ群衆は「バラバ」の釈放を望んだのでしょうか。それは7節を見ると分かりますけれども、祭司長たちによって「扇動」されたからです。群衆は祭司長たちに促されて、「バラバの釈放」を主張するようになったのです。「バラバ」はローマ帝国に反逆する暴動を起こした人です。群衆はローマ帝国からの解放を望んでいましたから、「バラバ」はある意味では群衆にとって英雄だったのです。それを利用して祭司長たちは、群衆に「バラバの釈放」を促したのでしょう。 しかし群衆がピラトに要求したのは、「バラバの釈放」に留まりませんでした。群衆はイエス様を「十字架につけろ」とまで要求し始めたのです。これもまた祭司長たちに促されたことでしょう。祭司長たちに、「イエスは『神を冒涜した者』であるから、神に呪われなければならない、木に吊るされなければならない」と促されたのだと思います。ですから群衆は、「イエスを十字架につけろ」と要求し始めたのだと思います。 それにしてもこの「群衆」と呼ばれる人たちは、いったい何者なのでしょうか。12章37節を見ると、つい数日前までこの「群衆」と呼ばれる人たちは、イエス様の言われることを「喜んで聞いていた」とあります。この数日の間に、この「群衆」と呼ばれる人たちの身に何が起こったのでしょうか。なぜ数日前までイエス様の言われることを「喜んで聞いていた」人たちが、数日後にはイエス様を「十字架につけろ」と叫ぶようになったのでしょうか。ある人は、イエス様の言われることを「喜んで聞いていた」「群衆」と、イエス様を「十字架につけろ」と叫んだ「群衆」は、違う「群衆」であったと説明します。確かにそうかもしれません。違う「群衆」であったと説明するとスッキリします。しかし私は、このマルコの福音書が、イエス様の言われることを「喜んで聞いていた」人たちと、イエス様を「十字架につけろ」と叫んだ人たちを、同じ「群衆」という言葉で表現したのには意味があるのではないかと思います。マルコの福音書はこの両者を、同じ「群衆」という言葉で表現して、私たち人間の移り気の早さを表現したのではないかと思うのです。私たち人間は日々、右に左に揺れ動くのです。ある時はイエス様を喜び、ある時はイエス様を捨てるのです。なぜでしょうか。なぜ私たちは日々、右に左に揺れ動いてしまうのでしょうか。それは御言葉に立たないからです。神様の前に立たないからです。御言葉に立たないから、私たちは「群衆」のように右に左に揺れ動き、時にイエス様を喜び、時にイエス様を捨ててしまうのです。「群衆」は宗教指導者の言葉に依存していて、自分で御言葉に立つこともしないで、自分で神様の前に立つこともしませんでした。ですから彼らは、宗教指導者たちが「ねたみ」から自分たちを「扇動」していることにも気づかずに、彼らに促されるままにイエス様を「十字架につけろ」と叫んでしまったのです。私たちは「群衆」のようであってはいけません。「群衆」のように宗教指導者の言葉に依存しているだけではいけません。自分で御言葉に立たなければなりません。自分で神様の前に立たなければなりません。自分で神様と御言葉の前に立って、何が良いことで何が悪いことなのかを判断しなければなりません。自分で神様と御言葉の前に立って、あらゆる物事の確信を持って歩んでいかなければなりません。もちろん牧師が語る説教に耳を傾ける必要があるでしょう。しかし同時に、使徒の働き17章に出てくるベレヤの人たちのように、「非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた」という姿勢が大切なのです。その意味で私たちにとって、毎日聖書を読むディボーションやQTは欠かせません。そのような毎日の積み重ねが、動かされない信仰を形作っていくのです。 しかし今日の聖書箇所で右に左に揺り動かされていたのは、「群衆」だけではありません。「ピラト」もまた右に左に揺れ動いていたのです。彼は、イエス様には死刑に当たる罪は何もないということを見抜いていました。祭司長たちの「ねたみ」をも見抜いていました。しかし彼は最終的に、「群衆のきげんをとる」ために、イエス様を十字架へと引き渡してしまうのです。彼は自分の確信ではなく、「群衆」の声の大きさ、声の多さに負けたのです。彼もまた、御言葉の前に、神様の前に立たない人でした。御言葉に立たないこと、神様の前に立たないことが、いかにイエス様を十字架へと追いやっていくのかということが今日の聖書箇所を通して分かります。御言葉に立たない罪、神様の前に立たない罪が、イエス様を十字架へとつけるのです。 おわりに 最後に私たちは、今日の聖書箇所でイエス様が語った「そのとおりです」という言葉を見て終わりたいと思います。この「そのとおりです」という言葉は、「あなたは、ユダヤ人の王ですか」と尋ねられた時に語った言葉です。イエス様は御自身を「王」だと宣言されたのです。イエス様は今日の聖書箇所で沈黙を守られましたけれども、この言葉だけは語られたのです。なぜでしょうか。それは、御自分が「王」であることを明らかにされるためです。イエス様は「王」であられる方です。ユダヤ人の「王」だけでなく、私たちの「王」でもあります。ではイエス様は、どのようにして私たちの「王」となられたのでしょうか。それは、沈黙の中で、私たちのために神様の裁きと呪いを受けられることによってです。神様の前に立って、御自身の確信する道に従うことによってです。その姿は、人の機嫌をとって右に左に揺れ動く地上の「王」であるピラトとは対照的な姿です。 私たちが右に左に揺れ動こくことなく、神様の前に立って、御言葉の前に立って歩んでいくためには、私たちはこのイエス様を、「私の王」として心に迎え入れなければなりません。イエス様を「私の王」として心に迎え入れる時、私たちは神様の前に立って、御言葉に立って歩み出すことができるのです。人の機嫌に左右されることなく、自分自身の確信する道に従って歩み出すことができるのです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>マルコの福音書<span style="font-family: Century;">15</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">1</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">－</span><span style="font-family: Century;">20</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節</span></strong></p>
<p><strong>はじめに</strong></p>
<p>私たちは毎週礼拝において「使徒信条」を告白します。その中に「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」という言葉が出てきます。今日の聖書箇所はまさに、イエス様が「ポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受けられる」、そういう出来事が書かれています。</p>
<p>イエス様は真夜中に捕らえられて、大祭司の家に連れて行かれ、祭司長、長老、律法学者たちからなる「サンヘドリン」という議会のもとで裁判を受けられました。これは言ってみれば、宗教裁判です。そしてその裁判においてイエス様は、「神を冒涜した」として死刑を言い渡されるのです。</p>
<p>「神を冒涜した者」に対するユダヤの死刑の方法は、通常、石打ちでした。しかしご存知のように、イエス様は石打ちで処刑されることはありませんでした。イエス様は十字架で処刑されたのです。</p>
<p>十字架という死刑の方法は、実はローマ帝国の死刑の方法でした。ローマ帝国は、ローマ市民を死刑にする場合は「首切り」という方法を用いました。しかし奴隷や外国人を死刑にする場合は「十字架」という方法を用いたのです。これらのことからも分かるように、イエス様は「サンヘドリン」の議会によってではなく、ローマ帝国によってローマ帝国の死刑の方法で処刑されたのです。</p>
<p>なぜイエス様は「サンヘドリン」の議会によってではなく、ローマ帝国によって処刑されたのでしょうか。またなぜイエス様は、石打ちではなく、十字架で処刑されたのでしょうか。その理由の一つは、当時のユダヤは、ローマ帝国の支配の下にあったので、「サンヘドリン」の議会だけで勝手に人を死刑にすることはできなかったからです。ヨハネの福音書<span style="font-family: Century;">18</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">31</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節で、ユダヤ人たちはこのように言っています。</span>「私たちには、だれを死刑にすることも許されてはいません」。ですから「サンヘドリン」の議会は、イエス様を死刑にするためには、ローマ帝国によって死刑にしてもらうほかなかったのです。それ以外に、イエス様を死刑にする道はなかったのです。これは言ってみれば、消極的な理由です。</p>
<p>しかしもう一つ、イエス様が「サンヘドリン」の議会によってではなく、ローマ帝国によって処刑された積極的な理由、石打ちではなく、十字架で処刑された積極的な理由があります。それは何か。それは、「サンヘドリン」の議会が、イエス様を「神に呪われた者」として処刑したかったからです。申命記<span style="font-family: Century;">8</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">23</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節には、</span>「木につるされた者は、神に呪われた者だからである」という言葉があります。「サンヘドリン」の議会は、イエス様を十字架という木につるして、まさに「神に呪われた者」として処刑したかったのです。だからこそ「サンヘドリン」の議会は、イエス様をローマ帝国によって、ローマ帝国の死刑の方法で処刑したのです。ここに「サンヘドリン」の議会の、イエス様に対する憎しみの深さを見ることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>1．沈黙されるイエス</strong></p>
<p>さて、このような理由から「サンヘドリン」の議会は、「夜が明けるとすぐに」、イエス様をローマ帝国の総督である「ピラト」のもとに連れて行ったのです。</p>
<p>ピラトは連れて来られたイエス様に、このように尋ねます。「あなたは、ユダヤ人の王ですか」。なぜピラトは突然このような質問をするのでしょうか。それは<span style="font-family: Century;">3</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節に、</span>「祭司長たちはイエスをきびしく訴えた」とあるように、祭司長たちがこれまでもイエス様を色々と訴えていたのです。ルカの福音書を見ると、彼らはこのように訴えていたとあります。「この人はわが国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだと言っていることがわかりました」。彼らは何とかイエス様を、ローマ帝国によって死刑にしてもらいたいと思いました。「サンヘドリン」の議会では、イエス様を「神を冒涜した」として死刑に定めました。しかしそれはあくまでも宗教裁判の判決であって、ローマ帝国に通用するものではありません。ローマ帝国にとっては、「神を冒涜しても」何の罪にもならないのです。それでは死刑にすることはできないのです。ですから彼らは、イエス様をローマ帝国に反逆する政治的な犯罪者に仕立てようとしたのです。「この男は人々をローマ帝国に反逆させ、ローマ帝国の許可なく、自分を王だと主張する犯罪者です。どうか裁いてください」と彼らはイエス様を訴えたのです。</p>
<p>そこでピラトは「あなたは、ユダヤ人の王ですか」と尋ねたのです。ではそれに対してイエス様は何と答えるのでしょうか。イエス様は一言だけ、「そのとおりです」と答えるのです。イエス様は御自分を「王」だと宣言されるのです。しかし私たちは、このイエス様が御自分を「王」だと宣言されたことが、言葉の表面的な意味ではなく、もっと深い意味で言われたことであるということを知っています。イエス様はヨハネの福音書で「わたしの国はこの世のものではありません」と言われています。イエス様はこの世のものではない「国」の「王」であることを宣言されたのです。</p>
<p>しかし祭司長たちには、このイエス様の言葉の深い意味を読み取る力はありません。彼らはイエス様の言葉を表面的に受け取って、さらに色々と訴えるのです。</p>
<p>しかしピラトは意外と冷静であったようです。<span style="font-family: Century;">14</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節を見るとピラトは、</span>「あの人がどんな悪い事をしたというのか」と言っています。また<span style="font-family: Century;">10</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節では</span>「ピラトは、祭司長たちが、ねたみからイエスを引き渡したことに気づいていたからである」とあります。このようにピラトは、祭司長たちの訴えをあまり真面目に聞いていなかったようです。すべてを見透かしていたようです。</p>
<p>しかしそんなピラトも「驚いた」ことが一つありました。それは何か。それは、イエス様が「何もお答えにならなかった」ということです。イエス様は「そのとおりです」という言葉以外は、何も語らなかったのです。イエス様は十字架に近づけば近づくほど、言葉を語らなくなります。マルコの福音書においては、イエス様が十字架で息を引き取るまでに語られる言葉はあと一つだけです。「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という言葉だけです。イエス様はこれまで、祭司長たちのような宗教指導者たちとは何度も論争を重ねてきました。彼らが議論を仕掛けてきた時には、鋭い言葉で彼らを圧倒されました。しかしイエス様はここでは何も語らないのです。弁解しようと思えばいくらでも弁解することができたと思います。自分はユダヤ人の王になろうとはしていないし、カイザルへの税金も禁止した覚えもない、人々を取り込んでローマ帝国に反逆させようなどとも思ってもいない、口を開けばいくらでも弁解できたと思います。しかしイエス様は口を開かないのです。なぜでしょうか。なぜイエス様は口を開かないのでしょうか。それは、イエス様がここで受けている裁判は、表面的に見れば「ピラトによる裁判」ですけれども、霊的に見れば、「神様による裁判」だからです。今イエス様は、この裁判によって神様に裁かれようとしているのです。人々の罪を背負って、神様に裁かれようとしているのです。ですからイエス様はそれを受け入れ、口を開かずただ黙っておられるのです。</p>
<p>このイエス様の沈黙は、私たちのためです。私たちの罪を背負って神様の裁きに服するために、イエス様は弁解せずに、ただ沈黙しておられるのです。それに比べて私たちはどうでしょうか。私たちはやたらに自分の正しさを主張したがります。やたらに弁解したがります。自分の正しさを主張するために、人を罪に定めようとします。「あの人はダメだ」「あの人はおかしい」、そのように人を罪に定めて、自分自身を保とうとします。しかし私たちは、沈黙するイエス様を思い出さなければなりません。もしイエス様が沈黙を破られ、その正しさを主張されたら、私たちはたちまち罪に定められ、神様に裁かれて終わる者たちです。しかしイエス様は私たちを愛するが故に、沈黙を守り通されたのです。私たちの罪を赦し、私たちを生かすために、沈黙を守り通されたのです。そうであるならば私たちは、簡単に口を開けないはずです。簡単に自分自身を保つために、人を罪に定めることなどできないはずです。私たちは、イエス様の沈黙の中にある恵みを受け取りたいと思います。それと共に私たちの口を制御したいと思います。イエス様の沈黙があるからこそ、今の私たちがある、そのことをいつも覚えたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>2．ピラトと群衆</strong></p>
<p>さて<span style="font-family: Century;">8</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節を見ると、</span>「それで、群衆は進んで行って、いつものようにしてもらうことを、ピラトに要求し始めた」とあります。ここにある「いつものように」とは何でしょうか。それは<span style="font-family: Century;">6</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節にあります。</span>「ピラトは、その祭りには、人々の願う囚人をひとりだけ赦免するのを例としていた」のです。ですから群衆は、「いつものように」、「ひとりの囚人を赦免し、釈放してくれるように」とピラトに要求し始めたのです。</p>
<p>そこでピラトは、「このユダヤ人の王を釈放してくれというのか」と群衆に尋ねます。しかし群衆はピラトの予想に反して、「バラバを釈放してもらいたい」と言い出したのです。この「バラバ」という人は、<span style="font-family: Century;">7</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節で</span>「暴動のとき人殺しをした暴徒たちといっしょに牢に入っていた」と説明されています。つまりこの「バラバ」という人は、ローマ帝国に反逆する暴動を起こし、その際に人殺しも行なった人だったのです。群衆はこの「バラバを釈放してもらいたい」と言い出したのです。なぜでしょうか。なぜ群衆は「バラバ」の釈放を望んだのでしょうか。それは<span style="font-family: Century;">7</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節を見ると分かりますけれども、祭司長たちによって</span>「扇動」されたからです。群衆は祭司長たちに促されて、「バラバの釈放」を主張するようになったのです。「バラバ」はローマ帝国に反逆する暴動を起こした人です。群衆はローマ帝国からの解放を望んでいましたから、「バラバ」はある意味では群衆にとって英雄だったのです。それを利用して祭司長たちは、群衆に「バラバの釈放」を促したのでしょう。</p>
<p>しかし群衆がピラトに要求したのは、「バラバの釈放」に留まりませんでした。群衆はイエス様を「十字架につけろ」とまで要求し始めたのです。これもまた祭司長たちに促されたことでしょう。祭司長たちに、「イエスは『神を冒涜した者』であるから、神に呪われなければならない、木に吊るされなければならない」と促されたのだと思います。ですから群衆は、「イエスを十字架につけろ」と要求し始めたのだと思います。</p>
<p>それにしてもこの「群衆」と呼ばれる人たちは、いったい何者なのでしょうか。<span style="font-family: Century;">12</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">37</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節を見ると、つい数日前までこの「群衆」と呼ばれる人たちは、イエス様の言われることを「喜んで聞いていた」とあります。この数日の間に、この「群衆」と呼ばれる人たちの身に何が起こったのでしょうか。なぜ数日前までイエス様の言われることを「喜んで聞いていた」人たちが、数日後にはイエス様を「十字架につけろ」と叫ぶようになったのでしょうか。ある人は、イエス様の言われることを「喜んで聞いていた」「群衆」と、イエス様を「十字架につけろ」と叫んだ「群衆」は、違う「群衆」であったと説明します。確かにそうかもしれません。違う「群衆」であったと説明するとスッキリします。しかし私は、このマルコの福音書が、イエス様の言われることを「喜んで聞いていた」人たちと、イエス様を「十字架につけろ」と叫んだ人たちを、同じ「群衆」という言葉で表現したのには意味があるのではないかと思います。マルコの福音書はこの両者を、同じ「群衆」という言葉で表現して、私たち人間の移り気の早さを表現したのではないかと思うのです。私たち人間は日々、右に左に揺れ動くのです。ある時はイエス様を喜び、ある時はイエス様を捨てるのです。なぜでしょうか。なぜ私たちは日々、右に左に揺れ動いてしまうのでしょうか。それは御言葉に立たないからです。神様の前に立たないからです。御言葉に立たないから、私たちは「群衆」のように右に左に揺れ動き、時にイエス様を喜び、時にイエス様を捨ててしまうのです。「群衆」は宗教指導者の言葉に依存していて、自分で御言葉に立つこともしないで、自分で神様の前に立つこともしませんでした。ですから彼らは、宗教指導者たちが「ねたみ」から自分たちを「扇動」していることにも気づかずに、彼らに促されるままにイエス様を「十字架につけろ」と叫んでしまったのです。私たちは「群衆」のようであってはいけません。「群衆」のように宗教指導者の言葉に依存しているだけではいけません。自分で御言葉に立たなければなりません。自分で神様の前に立たなければなりません。自分で神様と御言葉の前に立って、何が良いことで何が悪いことなのかを判断しなければなりません。自分で神様と御言葉の前に立って、あらゆる物事の確信を持って歩んでいかなければなりません。もちろん牧師が語る説教に耳を傾ける必要があるでしょう。しかし同時に、使徒の働き</span><span style="font-family: Century;">17</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章に出てくるベレヤの人たちのように、</span>「非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた」という姿勢が大切なのです。その意味で私たちにとって、毎日聖書を読むディボーションや<span style="font-family: Century;">QT</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">は欠かせません。そのような毎日の積み重ねが、動かされない信仰を形作っていくのです。</span></p>
<p>しかし今日の聖書箇所で右に左に揺り動かされていたのは、「群衆」だけではありません。「ピラト」もまた右に左に揺れ動いていたのです。彼は、イエス様には死刑に当たる罪は何もないということを見抜いていました。祭司長たちの「ねたみ」をも見抜いていました。しかし彼は最終的に、「群衆のきげんをとる」ために、イエス様を十字架へと引き渡してしまうのです。彼は自分の確信ではなく、「群衆」の声の大きさ、声の多さに負けたのです。彼もまた、御言葉の前に、神様の前に立たない人でした。御言葉に立たないこと、神様の前に立たないことが、いかにイエス様を十字架へと追いやっていくのかということが今日の聖書箇所を通して分かります。御言葉に立たない罪、神様の前に立たない罪が、イエス様を十字架へとつけるのです。</p>
<p><strong>おわりに</strong></p>
<p>最後に私たちは、今日の聖書箇所でイエス様が語った「そのとおりです」という言葉を見て終わりたいと思います。この「そのとおりです」という言葉は、「あなたは、ユダヤ人の王ですか」と尋ねられた時に語った言葉です。イエス様は御自身を「王」だと宣言されたのです。イエス様は今日の聖書箇所で沈黙を守られましたけれども、この言葉だけは語られたのです。なぜでしょうか。それは、御自分が「王」であることを明らかにされるためです。イエス様は「王」であられる方です。ユダヤ人の「王」だけでなく、私たちの「王」でもあります。ではイエス様は、どのようにして私たちの「王」となられたのでしょうか。それは、沈黙の中で、私たちのために神様の裁きと呪いを受けられることによってです。神様の前に立って、御自身の確信する道に従うことによってです。その姿は、人の機嫌をとって右に左に揺れ動く地上の「王」であるピラトとは対照的な姿です。</p>
<p>私たちが右に左に揺れ動こくことなく、神様の前に立って、御言葉の前に立って歩んでいくためには、私たちはこのイエス様を、「私の王」として心に迎え入れなければなりません。イエス様を「私の王」として心に迎え入れる時、私たちは神様の前に立って、御言葉に立って歩み出すことができるのです。人の機嫌に左右されることなく、自分自身の確信する道に従って歩み出すことができるのです。</p>
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		<title>鶏が二度鳴く前に</title>
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		<pubDate>Sun, 29 Jan 2012 04:30:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[主日説教]]></category>

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		<description><![CDATA[マルコの福音書14章66－72節 はじめに 今日の聖書箇所は、ペテロがイエス様を三度知らない言うという出来事が書かれています。この出来事が起こる数時間前、イエス様はペテロに「あなたは、きょう、今夜、鶏が二度鳴く前に、わたしを知らないと三度言います」（14：30)と言われました。そのイエス様の言葉に対してペテロは、「たとい、ごいっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません」と言ったのです。今日の聖書箇所は、イエス様の言葉が実現し、ペテロの言葉が実現しなかった出来事と見ることができる出来事です。つまりイエス様の言葉の確かさとペテロの言葉の不確かさが対照的に描かれている出来事と言えます。 もう一つ、今週の聖書箇所は、先週の聖書箇所と比較して見ると、イエス様の態度とペテロの態度が非常に対照的に描かれていることに気づきます。イエス様は、大祭司の前で「あなたは、ほむべき方の子、キリストですか」と問われた時、死刑にされることを恐ることなく「わたしは、それです」と力強く告白されました。それに対してペテロは、人々に「あなたは、あのナザレ人イエスの仲間ですよね」と問われた時、恐れに満ちて三度もイエス様を「知らない」と言ったのです。人々の前で、力強く御自身を証されるイエス様と恐れに満ちてイエス様を否定するペテロ、この二人は非常に対照的に描かれています。 ですから今日の聖書箇所は、先週の聖書箇所と一緒に考えるべき聖書箇所とも言えます。先週の聖書箇所にはすでにペテロの姿が出てきました。54節です。「ペテロは、遠くからイエスのあとをつけながら、大祭司の庭の中まで入って行った。そして、役人たちといっしょにすわって、火にあたっていた」。 今日はまず、この54節の御言葉から学んでいきたいと思います。 &#160; 1．遠くからイエスのあとをつけながら ペテロは、イエス様がゲッセマネの園で捕らえられると、「剣を抜いて大祭司のしもべに撃ちかかり、その耳を切り落とし」ました。一見、この時のペテロは、勇敢にイエス様を守っているように見えますけれども、その直後にペテロは、イエス様を見捨てて、逃げて行ってしまうのです。 しかし、一度は逃げたペテロですけれども、やはりイエス様のことが気になったのでしょう。彼は引き帰して来て、遠くからイエス様のあとをつけていくのです。この時の彼の気持ちはどのようなものだったのでしょうか。一度は逃げたけれども、ふと我に返ったのかもしれません。ついさっき「たとい全部の者がつまずいても、私はつまずきません」と言った自分の言葉を思い出したのかもしれません。 しかし彼がいくら我に返り、自分の言葉を思い出したとしても、彼が戻ってきたのは、イエス様のそば近くではなく、イエス様から遠く離れたところでしかありませんでした。イエス様は以前、漁師をしていたペテロに、「わたしについて来なさい」と言われました。そしてペテロは、その日からイエス様の後をついて行ったのです。イエス様の後について行く者、それがイエス様の弟子の姿です。ペテロはイエス様が捕らえられた時も、イエス様の後をついて行きました。しかしそれは「遠くから」でした。イエス様の弟子とは、確かにイエス様の後について行く者ですけれども、それはあくまでイエス様の「そば近く」で後について行く者です。「遠くから」イエス様の後についていく者は、弟子とは呼べません。捕らえられたイエス様の後を遠くからついて行くペテロは、もはやイエス様の弟子としての姿を失っていたのです。それは「見物人」でしかないのです。 私たちも、イエス様の「見物人」であってはならないのです。教会に来ていても、ただ礼拝を眺めているだけ、クリスチャンたちを眺めているだけであってはならないのです。クリスチャンは、イエス様の「そば近く」で、イエス様の後について行く者です。イエス様の御言葉を「そば近く」で聞き、自分に語られていることとして受け止め、イエス様と共に宣教し、イエス様御自身のために、奉仕していく者です。どうか皆さん、「遠く」から「見物人」のように、イエス様の後について行くのではなく、「そば近く」でイエス様の後について行く「弟子」のように歩んでいっていただきたいと思います。 &#160; 2．役人たちといっしょにすわって さてペテロは、イエス様の後を遠くからついて行って、ついに「大祭司の庭」の中まで入って行きました。66節を見ると、ペテロがいた「大祭司の庭」というのは、「下の庭」と呼ばれていますから、きっとイエス様の裁判は「大祭司の家」の少し高い所、上のほうで行われていたのではないかと思います。「大祭司の家」の上のほうでは、イエス様が力強く御自身を証し、下のほうではペテロが恐れに満ちてイエス様を否定する、この「大祭司の家」の上下で、非常に対照的な出来事が起こっているのです。しかもある人は、この「大祭司の家」の上下で起こった出来事は、同じ時に、同時進行で起こっていたのではないかと言います。つまり、上のほうでイエス様が裁判を受けているまさにその時に、下のほうでペテロがイエス様を否定している、確かにそうかもしれません。 いずれにしてもペテロは、「大祭司の庭」の中まで入ってきたのです。では、ペテロは「大祭司の庭」で何をやっていたのか。彼は、「役人たちといっしょにすわって、火にあたっていた」とあります。マタイの福音書を見ると、彼は「成り行きを見よう」としていたとあります。つまり彼は、上のほうで行われているイエス様の裁判を、下のほうから他の役人たちに紛れ込んで見ていたのです。ここでも彼は「見物人」の一人でしかありません。 彼は、自分がイエス様の弟子であることを隠して、役人の一人であるかのような顔をして、イエス様の裁判を「見物していた」のです。私たちはどうでしょうか。私たちも普段の生活の中で、ペテロのように人々に紛れ込んで、イエス様の弟子であることを隠して、ただの「見物人」や「傍観者」のように振舞ってしまうことはないでしょうか。クリスチャン人口1％未満の日本では、自分がクリスチャンであるということを証しするのは、簡単なことではありません。変わり者という目で見られることもあります。オウム事件以降、宗教は危ないという目で見られることもあります。ですから少なからず、人々の前で自分がクリスチャンであるということは勇気のいることです。 私自身、小さい頃から、自分が教会に行っている、自分の親が牧師であるということを、友達に知られることが恥ずかしくてたまりませんでした。ですから、なるべく聞かれないように過ごしていました。日曜日に「遊ぼう」と友達に誘われると、「ちょっと用事がある」と言って断っていました。私の場合は、親が牧師で、兄が教会の伝道師をやっていましたから、自分の学校に兄が教会のチラシを配りに来たりしたのです。それも恥ずかしくてたまりませんでした。兄に声をかけられないように早足で帰ったり、わざわざ違う校門から帰ったこともありました。私自身は、イエス様の名を恥じる者であったのです。ペテロのように、自分がイエス様を知っている者であることを隠して、人々に紛れ込んでいたい者であったのです。自分はただの「見物人」や「傍観者」だと説明したくなる者であったのです。ですから、このペテロの姿を見る時、自分自身の姿をよく思い出すのです。 確かにこの国で、自分がクリスチャンであるということを証しするのは、簡単なことではありません。少なからず勇気のいることだと思います。しかし私たちはそれでも、イエス様を証しする者として召されているのです。ペテロはこの時、イエス様の弟子であることを隠す者でした。人々に紛れ込み「見物人」や「傍観者」のように振舞う者でした。しかし彼は後に、イエス様を大胆に証しする者となりました。ペンテコステの日に、彼は人々の前で説教をしました。彼の説教を通して、三千人の人がイエス様の弟子となったのです。そして彼は、初代教会の指導者となっていきました。そしてやがて殉教の死を遂げていくのです。彼はなぜそこまで変わったのでしょうか。それは様々に言うことができると思いますけれども、一言で言えば、彼が真実に「福音」に出会ったからだと思います。 3．のろいをかけて誓い始め では彼が出会った「福音」とは何か。今日の聖書箇所から、その「福音」を少し垣間見ることができると思います。 彼は「大祭司の庭」で、人々に紛れ込んで火にあたっていました。しかし、火の光が彼の顔を照らし出して、彼がイエス様の弟子であることが明るみに出されるのです。彼がイエス様の弟子であることに最初に気づいたのは、「大祭司の女中のひとり」でした。彼女はこう言います。「あなたも、あのナザレ人、あのイエスといっしょにいましたよね」。ペテロは驚いて、思わずこう言います。「何を言っているのか、わからない。見当もつかなさい」。この言葉は、ギリシヤ語ではかなり無茶苦茶な文法だそうです。その意味でも、彼がこの時、かなり慌てていたことが分かります。そして彼は、このままではマズいと思ったのか、「出口のほうへと出て行く」のです。しかし女中は、彼を逃げしてはくれません。彼女は今度、「そばに立っていた人たち」にも言い触らすのです。「この人はあの仲間です」。ペテロは今度も否定しますけれども、彼は益々追い込まれていきます。今度は「そばに立っていた人たち」がこう言います。「確かに、あなたはあの仲間だ。ガリラヤ人なのだから」。なぜこの人たちは、ペテロがガリラヤ人だとわかったのでしょう。マタイの福音書を見ると、この人たちは「ことばのなまり」で、彼がガリラヤ人だと分かったとあります。おそらくペテロは、動揺する中で、思わず「ガリラヤのなまり」が出たのだと思います。彼はあらゆる証拠を並べられ、もはや言い逃れができないほど追い詰められるのです。すると彼は、最終手段として「のろいをかけて誓い始める」のです。もし、自分が嘘を言っているのだとしたら、神に呪われても良いということです。 こうして彼は、イエス様を三度知らないと言い、イエス様の言葉を成就させるのです。そして彼は、鶏の鳴き声とともに、イエス様の言葉を思い出し、泣き崩れるのです。 さて私たちはここで、先ほどの問いを再び思い出さなければなりません。このようにイエス様を否定した彼が、なぜ再び立ち上がり、イエス様を大胆に証しする者となったのかということです。 そのことを考える上で、このマルコの福音書の中で、もう一度ペテロの名前が出てくる聖書箇所を見てみたいと思います。この出来事以降、このマルコの福音書の中でペテロの名前が出てくるのは、一度だけです。それは16章7節です。この御言葉は、イエス様が復活した後に、御使いが語った言葉です。「ですから行って、お弟子たちとペテロに、『イエスは、あなたがたより先にガリラヤへ行かれます。前に言われたとおり、そこでお会いできます』とそう言いなさい」。ここに「お弟子たちとペテロに」とあります。わざわざ弟子たちとは別に、「ペテロ」の名前が挙げられているのです。これは、ペテロにこそ、イエス様の復活の知らせを伝えるためであったのではないかと思います。ここに神様の、そしてイエス様の深いあわれみを感じ取れます。神様は、そしてイエス様は、ペテロにこそ、復活の知らせを伝えたかったのだと思います。ここにはすでに、ペテロに対する赦しがあるのだと思います。 なぜペテロは赦されたのでしょうか。それは、ペテロが受けるべき「のろい」をイエス様が代わりに受けてくださったからです。ガラヤテ人への手紙3章13節に「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」とあるように、十字架とは「のろわれた者」がかけられるものです。ペテロは自分にのろいをかけて誓いました。本来その「のろい」は、彼が受けるべきものでした。しかしその彼が受けるべき「のろい」は、イエス様が十字架で代わりに受けてくださったのです。だからこそイエス様は、彼にこそ復活の知らせを伝えようとされたのです。 このイエス様の赦しと復活の知らせを聞いたからこそ、ペテロは後にイエス様を大胆に証しする者へと変えられたのだと思います。このイエス様の赦しと復活の福音こそ、自分の罪に泣き崩れる彼を、再び立ち上がられたのだと思います。 &#160; おわりに 私たちは現代において、イエス様を証しする者として召されています。ペンテコステ以降、聖霊の助けによってイエス様を証しする者として、私たちクリスチャンは召されているのです。確かに、この国にあってイエス様を証しするのは難しく、勇気のいることです。決して簡単ではありません。そしてその中で私たちも日々、ペテロと同じ失敗を繰り返す者たちです。しかし私たちは、ペテロと同じ福音に立つように召されているのです。その「福音」に立って、何度でも立ち上がるように召されているのです。何度泣き崩れても、何度でも立ち上がるように召されているのです。どうか皆さん一人一人が、ペテロが出会った赦しと復活の「福音」を、聖霊の力によって真実に知ることができるようにと願います。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>マルコの福音書<span style="font-family: Century;">14</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">66</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">－</span><span style="font-family: Century;">72</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節</span></strong></p>
<p><strong>はじめに</strong></p>
<p>今日の聖書箇所は、ペテロがイエス様を三度知らない言うという出来事が書かれています。この出来事が起こる数時間前、イエス様はペテロに「あなたは、きょう、今夜、鶏が二度鳴く前に、わたしを知らないと三度言います」（14：30)と言われました。そのイエス様の言葉に対してペテロは、「たとい、ごいっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません」と言ったのです。今日の聖書箇所は、イエス様の言葉が実現し、ペテロの言葉が実現しなかった出来事と見ることができる出来事です。つまりイエス様の言葉の確かさとペテロの言葉の不確かさが対照的に描かれている出来事と言えます。</p>
<p>もう一つ、今週の聖書箇所は、先週の聖書箇所と比較して見ると、イエス様の態度とペテロの態度が非常に対照的に描かれていることに気づきます。イエス様は、大祭司の前で「あなたは、ほむべき方の子、キリストですか」と問われた時、死刑にされることを恐ることなく「わたしは、それです」と力強く告白されました。それに対してペテロは、人々に「あなたは、あのナザレ人イエスの仲間ですよね」と問われた時、恐れに満ちて三度もイエス様を「知らない」と言ったのです。人々の前で、力強く御自身を証されるイエス様と恐れに満ちてイエス様を否定するペテロ、この二人は非常に対照的に描かれています。</p>
<p>ですから今日の聖書箇所は、先週の聖書箇所と一緒に考えるべき聖書箇所とも言えます。先週の聖書箇所にはすでにペテロの姿が出てきました。<span style="font-family: Century;">54</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節です。</span>「ペテロは、遠くからイエスのあとをつけながら、大祭司の庭の中まで入って行った。そして、役人たちといっしょにすわって、火にあたっていた」。</p>
<p>今日はまず、この<span style="font-family: Century;">54</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節の御言葉から学んでいきたいと思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>1．遠くからイエスのあとをつけながら</strong></p>
<p>ペテロは、イエス様がゲッセマネの園で捕らえられると、「剣を抜いて大祭司のしもべに撃ちかかり、その耳を切り落とし」ました。一見、この時のペテロは、勇敢にイエス様を守っているように見えますけれども、その直後にペテロは、イエス様を見捨てて、逃げて行ってしまうのです。</p>
<p>しかし、一度は逃げたペテロですけれども、やはりイエス様のことが気になったのでしょう。彼は引き帰して来て、遠くからイエス様のあとをつけていくのです。この時の彼の気持ちはどのようなものだったのでしょうか。一度は逃げたけれども、ふと我に返ったのかもしれません。ついさっき「たとい全部の者がつまずいても、私はつまずきません」と言った自分の言葉を思い出したのかもしれません。</p>
<p>しかし彼がいくら我に返り、自分の言葉を思い出したとしても、彼が戻ってきたのは、イエス様のそば近くではなく、イエス様から遠く離れたところでしかありませんでした。イエス様は以前、漁師をしていたペテロに、「わたしについて来なさい」と言われました。そしてペテロは、その日からイエス様の後をついて行ったのです。イエス様の後について行く者、それがイエス様の弟子の姿です。ペテロはイエス様が捕らえられた時も、イエス様の後をついて行きました。しかしそれは「遠くから」でした。イエス様の弟子とは、確かにイエス様の後について行く者ですけれども、それはあくまでイエス様の「そば近く」で後について行く者です。「遠くから」イエス様の後についていく者は、弟子とは呼べません。捕らえられたイエス様の後を遠くからついて行くペテロは、もはやイエス様の弟子としての姿を失っていたのです。それは「見物人」でしかないのです。</p>
<p>私たちも、イエス様の「見物人」であってはならないのです。教会に来ていても、ただ礼拝を眺めているだけ、クリスチャンたちを眺めているだけであってはならないのです。クリスチャンは、イエス様の「そば近く」で、イエス様の後について行く者です。イエス様の御言葉を「そば近く」で聞き、自分に語られていることとして受け止め、イエス様と共に宣教し、イエス様御自身のために、奉仕していく者です。どうか皆さん、「遠く」から「見物人」のように、イエス様の後について行くのではなく、「そば近く」でイエス様の後について行く「弟子」のように歩んでいっていただきたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>2．役人たちといっしょにすわって</strong></p>
<p>さてペテロは、イエス様の後を遠くからついて行って、ついに「大祭司の庭」の中まで入って行きました。<span style="font-family: Century;">66</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節を見ると、ペテロがいた「大祭司の庭」というのは、</span>「下の庭」と呼ばれていますから、きっとイエス様の裁判は「大祭司の家」の少し高い所、上のほうで行われていたのではないかと思います。「大祭司の家」の上のほうでは、イエス様が力強く御自身を証し、下のほうではペテロが恐れに満ちてイエス様を否定する、この「大祭司の家」の上下で、非常に対照的な出来事が起こっているのです。しかもある人は、この「大祭司の家」の上下で起こった出来事は、同じ時に、同時進行で起こっていたのではないかと言います。つまり、上のほうでイエス様が裁判を受けているまさにその時に、下のほうでペテロがイエス様を否定している、確かにそうかもしれません。</p>
<p>いずれにしてもペテロは、「大祭司の庭」の中まで入ってきたのです。では、ペテロは「大祭司の庭」で何をやっていたのか。彼は、「役人たちといっしょにすわって、火にあたっていた」とあります。マタイの福音書を見ると、彼は「成り行きを見よう」としていたとあります。つまり彼は、上のほうで行われているイエス様の裁判を、下のほうから他の役人たちに紛れ込んで見ていたのです。ここでも彼は「見物人」の一人でしかありません。</p>
<p>彼は、自分がイエス様の弟子であることを隠して、役人の一人であるかのような顔をして、イエス様の裁判を「見物していた」のです。私たちはどうでしょうか。私たちも普段の生活の中で、ペテロのように人々に紛れ込んで、イエス様の弟子であることを隠して、ただの「見物人」や「傍観者」のように振舞ってしまうことはないでしょうか。クリスチャン人口<span style="font-family: Century;">1</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">％未満の日本では、自分がクリスチャンであるということを証しするのは、簡単なことではありません。変わり者という目で見られることもあります。オウム事件以降、宗教は危ないという目で見られることもあります。ですから少なからず、人々の前で自分がクリスチャンであるということは勇気のいることです。</span></p>
<p>私自身、小さい頃から、自分が教会に行っている、自分の親が牧師であるということを、友達に知られることが恥ずかしくてたまりませんでした。ですから、なるべく聞かれないように過ごしていました。日曜日に「遊ぼう」と友達に誘われると、「ちょっと用事がある」と言って断っていました。私の場合は、親が牧師で、兄が教会の伝道師をやっていましたから、自分の学校に兄が教会のチラシを配りに来たりしたのです。それも恥ずかしくてたまりませんでした。兄に声をかけられないように早足で帰ったり、わざわざ違う校門から帰ったこともありました。私自身は、イエス様の名を恥じる者であったのです。ペテロのように、自分がイエス様を知っている者であることを隠して、人々に紛れ込んでいたい者であったのです。自分はただの「見物人」や「傍観者」だと説明したくなる者であったのです。ですから、このペテロの姿を見る時、自分自身の姿をよく思い出すのです。</p>
<p>確かにこの国で、自分がクリスチャンであるということを証しするのは、簡単なことではありません。少なからず勇気のいることだと思います。しかし私たちはそれでも、イエス様を証しする者として召されているのです。ペテロはこの時、イエス様の弟子であることを隠す者でした。人々に紛れ込み「見物人」や「傍観者」のように振舞う者でした。しかし彼は後に、イエス様を大胆に証しする者となりました。ペンテコステの日に、彼は人々の前で説教をしました。彼の説教を通して、三千人の人がイエス様の弟子となったのです。そして彼は、初代教会の指導者となっていきました。そしてやがて殉教の死を遂げていくのです。彼はなぜそこまで変わったのでしょうか。それは様々に言うことができると思いますけれども、一言で言えば、彼が真実に「福音」に出会ったからだと思います。</p>
<p><strong>3．のろいをかけて誓い始め</strong></p>
<p>では彼が出会った「福音」とは何か。今日の聖書箇所から、その「福音」を少し垣間見ることができると思います。</p>
<p>彼は「大祭司の庭」で、人々に紛れ込んで火にあたっていました。しかし、火の光が彼の顔を照らし出して、彼がイエス様の弟子であることが明るみに出されるのです。彼がイエス様の弟子であることに最初に気づいたのは、「大祭司の女中のひとり」でした。彼女はこう言います。「あなたも、あのナザレ人、あのイエスといっしょにいましたよね」。ペテロは驚いて、思わずこう言います。「何を言っているのか、わからない。見当もつかなさい」。この言葉は、ギリシヤ語ではかなり無茶苦茶な文法だそうです。その意味でも、彼がこの時、かなり慌てていたことが分かります。そして彼は、このままではマズいと思ったのか、「出口のほうへと出て行く」のです。しかし女中は、彼を逃げしてはくれません。彼女は今度、「そばに立っていた人たち」にも言い触らすのです。「この人はあの仲間です」。ペテロは今度も否定しますけれども、彼は益々追い込まれていきます。今度は「そばに立っていた人たち」がこう言います。「確かに、あなたはあの仲間だ。ガリラヤ人なのだから」。なぜこの人たちは、ペテロがガリラヤ人だとわかったのでしょう。マタイの福音書を見ると、この人たちは「ことばのなまり」で、彼がガリラヤ人だと分かったとあります。おそらくペテロは、動揺する中で、思わず「ガリラヤのなまり」が出たのだと思います。彼はあらゆる証拠を並べられ、もはや言い逃れができないほど追い詰められるのです。すると彼は、最終手段として「のろいをかけて誓い始める」のです。もし、自分が嘘を言っているのだとしたら、神に呪われても良いということです。</p>
<p>こうして彼は、イエス様を三度知らないと言い、イエス様の言葉を成就させるのです。そして彼は、鶏の鳴き声とともに、イエス様の言葉を思い出し、泣き崩れるのです。</p>
<p>さて私たちはここで、先ほどの問いを再び思い出さなければなりません。このようにイエス様を否定した彼が、なぜ再び立ち上がり、イエス様を大胆に証しする者となったのかということです。</p>
<p>そのことを考える上で、このマルコの福音書の中で、もう一度ペテロの名前が出てくる聖書箇所を見てみたいと思います。この出来事以降、このマルコの福音書の中でペテロの名前が出てくるのは、一度だけです。それは16章7節です。この御言葉は、イエス様が復活した後に、御使いが語った言葉です。「ですから行って、お弟子たちとペテロに、『イエスは、あなたがたより先にガリラヤへ行かれます。前に言われたとおり、そこでお会いできます』とそう言いなさい」。ここに「お弟子たちとペテロに」とあります。わざわざ弟子たちとは別に、「ペテロ」の名前が挙げられているのです。これは、ペテロにこそ、イエス様の復活の知らせを伝えるためであったのではないかと思います。ここに神様の、そしてイエス様の深いあわれみを感じ取れます。神様は、そしてイエス様は、ペテロにこそ、復活の知らせを伝えたかったのだと思います。ここにはすでに、ペテロに対する赦しがあるのだと思います。</p>
<p>なぜペテロは赦されたのでしょうか。それは、ペテロが受けるべき「のろい」をイエス様が代わりに受けてくださったからです。ガラヤテ人への手紙3章13節に「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」とあるように、十字架とは「のろわれた者」がかけられるものです。ペテロは自分にのろいをかけて誓いました。本来その「のろい」は、彼が受けるべきものでした。しかしその彼が受けるべき「のろい」は、イエス様が十字架で代わりに受けてくださったのです。だからこそイエス様は、彼にこそ復活の知らせを伝えようとされたのです。</p>
<p>このイエス様の赦しと復活の知らせを聞いたからこそ、ペテロは後にイエス様を大胆に証しする者へと変えられたのだと思います。このイエス様の赦しと復活の福音こそ、自分の罪に泣き崩れる彼を、再び立ち上がられたのだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>おわりに</strong></p>
<p>私たちは現代において、イエス様を証しする者として召されています。ペンテコステ以降、聖霊の助けによってイエス様を証しする者として、私たちクリスチャンは召されているのです。確かに、この国にあってイエス様を証しするのは難しく、勇気のいることです。決して簡単ではありません。そしてその中で私たちも日々、ペテロと同じ失敗を繰り返す者たちです。しかし私たちは、ペテロと同じ福音に立つように召されているのです。その「福音」に立って、何度でも立ち上がるように召されているのです。何度泣き崩れても、何度でも立ち上がるように召されているのです。どうか皆さん一人一人が、ペテロが出会った赦しと復活の「福音」を、聖霊の力によって真実に知ることができるようにと願います。</p>
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		<title>２月１２日の「バレンタインパーティー」</title>
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		<pubDate>Sun, 29 Jan 2012 04:30:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[２月１２日の午後２時から、教会学校の子ども会「バレンタインパーティー」を行います。さんび・ゲーム・紙しばい・チョコレートフォンデュをします。ぜひ子どもたちをお誘いください。 &#160;]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>２月１２日の午後２時から、教会学校の子ども会「バレンタインパーティー」を行います。さんび・ゲーム・紙しばい・チョコレートフォンデュをします。ぜひ子どもたちをお誘いください。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>イエスの裁判</title>
		<link>http://www.ofgod.org/2012/01/22/%e3%82%a4%e3%82%a8%e3%82%b9%e3%81%ae%e8%a3%81%e5%88%a4/</link>
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		<pubDate>Sun, 22 Jan 2012 04:30:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[主日説教]]></category>

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		<description><![CDATA[マルコの福音書14章53－65節 はじめに 先週は、イエス様が捕らえられた出来事を見ました。今日は、イエス様が裁判を受ける出来事を見ていきたいと思います。いよいよイエス様の苦しみは本格的になっていきます。 イエス様が捕らえられたのは、おそらく真夜中です。捕らえられたイエス様は、まず「大祭司」のもとに連れて行かれました。「大祭司」というのは、ユダヤ人たちの「議会」をする時の「議長」にあたる人物です。「議会」の最高責任者と言っても良いと思います。「大祭司」のもとにイエス様が連れて来られると、「議会」のメンバーである「祭司長、長老、律法学者たち」が続々と集まって来たのです。 通常の「議会」というのは、神殿の中で昼間行われていました。しかしこの時は、真夜中で、神殿も閉ざされていたので、神殿ではなく「大祭司」の家に皆が集まったのです。ですからこの時の「議会」または「裁判」は、正式なものではなかったのではないかと思います。それは内容から言ってもそうです。55節を見ると、この「裁判」は、イエス様を死刑にするための証拠をつかむための「裁判」であって、最初から死刑が前提となっていたのです。死刑が前提となっている「裁判」というのは、おかしなものです。普通は、様々な証言や証拠が挙げられて最終的に死刑という判決が下さるものです。しかしこの「裁判」は、最初に「死刑」にすることが決まっていて、後から証言や証拠を見つけ出すという「裁判」だったのです。こんな「裁判」が、正式なものであるはずがありません。また56節を見ると、この「裁判」では「偽証」が多かったとあります。つまり偽りの証言が多かったというのです。このことからもこの「裁判」が、正式なものではないということが分かります。 しかしこの「裁判」にも、しっかりとした部分がありました。それは、「証言を一致させる」ということです。彼らは「証言を一致させる」ことなしに、イエス様を死刑にしようとは思わなかったのです。なぜなら律法に、「ふたりの証人または三人の証人の証言によって、死刑に処さなければならない。ひとりの証言で死刑にしてはならない」（申命記17：6)という規定があったからです。ですから彼らは一生懸命に、イエス様を死刑にするための「一致した証言」を探していたのです。しかしいくら探しても「一致した証言」は出てこなかったのです。出てきたのは、偽りの証言ばかりだったのです。 &#160; 1．イエスに対する偽証 その偽りの証言の一つが、58節で紹介されています。「私たちは、この人が『わたしは手で造られたこの神殿をこわして、三日のうちに、手で造られない別の神殿を造ってみせる』というのを聞きました」というものです。この証言は、偽りの証言で、結局一致しなかったようですけれども、実はイエス様は、これと似た言葉を実際に語ったことがあるようなのです。マルコの福音書には書かれていませんけれども、ヨハネの福音書2章19節でイエス様はこのように言っています。「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう」。ヨハネの福音書には、続けてこのようにあります。「イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである」。イエス様はここで、ご自分のからだを「神殿」と言われて、「三日でそれを建てる」と言われたのです。つまりここでイエス様が言われたのは、ご自分の十字架と復活のことだったのです。しかし偽りの証言をする人たちは、それを文字通り受け取って、イエス様を「神殿を冒涜する者」、「神殿を破壊する者」として訴えようとしたのです。 しかしそれにしてもマルコの福音書は、なぜこの「神殿」についての偽りの証言を、ここで紹介しているのでしょうか。この「裁判」では、他にも多くの偽りの証言があったはずです。しかしなぜこの「神殿」についての偽りの証言だけが、ここで紹介されているのでしょうか。それは、この偽りの証言の中にも霊的な真理が表されているからではないでしょうか。 イエス様が「手で造られた神殿」をこわし、「手で造られない神殿」を造るというのは、霊的な真理です。「神殿」というのは、「イエス様のからだ」のことです。イエス様は、「手で造られたエルサレム神殿」を無意味にし、「手で造られない御自身のからだ」を造られるのです。「イエス様のからだ」とは何でしょうか。それは「教会」のことです。イエス様は、御自身の十字架と復活によって、「手で造られたエルサレムの神殿」を無意味にし、「手で造られない御自身のからだである『教会』」を造られたのです。パウロは、コリント人への手紙第一3章16節で、コリント教会に向かってこのように言っています。「あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか」。イエス様は、御自身の十字架と復活によって、「エルサレム神殿」ではなく、私たち「教会」こそ、神様の「神殿」、神様が宿られる所とされたのです。イエス様はサマリヤの女にこのように言われました。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます」。イエス様は、御自身の十字架と復活によって、「エルサレム神殿」ではなく、霊とまことによって礼拝する私たち「教会」こそ、真実に神様を礼拝する場とされたのです。 私たち「教会」は、イエス様が十字架と復活によって造ってくださった神様の「神殿」なのです。ここにおいてこそ、霊とまことによる真実な礼拝が捧げられ、神様の御霊が豊かに宿っておられるのです。 &#160; 2．イエスの証言 さて、この「裁判」においては、多くの偽りの証言は出てきても、イエス様を死刑にするための「一致した証言」は一向に出てきませんでした。この間イエス様は、どんな偽りの証言が出てきても、一切弁明することもなく、ただ黙っておられたのです。 ついにしびれを切らした大祭司は、このままではイエス様を死刑にすることができないと思って、自ら立ち上がって、イエス様にこのように尋ねるのです。「あなたは、ほむべき方の子、キリストですか」。この「ほむべき方の子」というのは、「神の子」という意味です。大祭司はイエス様に向かって、「あなたは神の子、キリストですか」と尋ねるのです。それに対してイエス様は何と答えるのでしょうか。ここでも沈黙を守られるのでしょうか。そうではありません。イエス様はついに口を開き、「わたしは、それです」と答えられるのです。 これまでイエス様は、御自分が「キリスト」であることを誰にも言わないようにと弟子たちを戒めてこられました。また悪霊がイエス様のことを「神の子」と呼んだ時にも、誰にも言わないようにと戒められたのです。このようにイエス様はこれまで、御自分が「神の子」であり、「キリスト」であることを隠されてきました。それは、御自分がロー帝国の支配からイスラエルを解放する政治的解放者として人々に誤解されないためです。人々は「神の子」または「キリスト」に対して、そのような期待を抱いていたのです。しかしイエス様は、十字架に近づいたこの時、もはや御自身が「神の子」であり「キリスト」であることを隠されませんでした。十字架にかかられ、人々の罪を負うことこそ、「神の子」「キリスト」の本当の姿であることを明らかにされるため、イエス様は「わたしは、それです」と力強く答えられたのです。 イエス様は続けてこのようにも言われます。「人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見るはずです」。イエス様は御自分のことを、決して「キリスト」とは呼ばれません。これまでも一貫してイエス様は、御自分のことを「人の子」と呼んでこられました。イエス様はここで、御自分が天に昇り、やがて世を裁くために戻って来られるということを語っておられます。このことは私たちがいつも「使徒信条」で告白していることです。「天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来りて生ける者と死にたる者とを裁きたまわん」。しかしイエス様はここで、なぜこのようなことを語られるのでしょうか。私自身が思わされたことは、イエス様はここで「裁判」を受けている。言ってみれば、これは人間が「神の子」を裁いているという光景です。被造物に過ぎない人間が、創造者である神様御自身を裁いているという光景です。しかしイエス様は、やがてこの立場が逆転する時が来る。「神の子」が人間を裁く時が来る。創造者である神様御自身が、被造物である人間を裁く時が来るということを宣言されたのだと思うのです。 さて、イエス様のこの言葉を聞いた大祭司は、どのような反応をするのでしょうか。彼はまず「自分の衣を引き裂き」ます。この「衣を引き裂く」というのは、冒涜的な言葉を聞いた時にする行為です。大祭司は、イエス様の言葉を「神様を冒涜的する言葉」として受け取ったのです。64節でも大祭司は、「神をけがす言葉」と言っています。大祭司と議会は、このイエス様の言葉を「神様を冒涜する罪」として、イエス様を死刑にすることを決めたのです。 私たちの立場から言えば、イエス様は決して間違ったことは言っていません。神様を冒涜もしていません。ただ真実を告白しただけです。しかしそれにも拘らず、イエス様は死刑に定められたのです。なぜイエス様は死刑に定めらたのでしょうか。なぜ大祭司と議会は、イエス様が神の子であり、キリストであるということを受け入れられなかったのでしょうか。それは、彼らが自分なりのキリスト像を持っていたからです。「キリストとはこういう方に違いない」という自分なりのイメージを持っていたからです。彼らはその自分なりのイメージと、イエス様の姿が合わなかったから、イエス様を受け入れなかったのです。イエス様が、自分たちの期待していたイメージと違うから、イエス様を受け入れなかったのです。 このことは、彼らだけでなく、私たちのうちにもよく起こることではないかと思います。自分なりに神様とはこういう方だというイメージを持っていて、それに合わなければ神様を受け入れない、信じないということがよくノンクリスチャンの間に起こります。またクリスチャンの間でも、神様はこうしてくれるに違いないと勝手に期待していて、その期待に神様が応えてくれないとすぐにつまずいてしまう、ある時は信仰を捨てると言い出す、そういうことがよく起こります。しかしこのような姿は、今日の聖書箇所に出てくる大祭司や議会と大して変わらないのではないかと思います。自分のイメージや期待に合わなければ、神様を捨てる。これは大祭司や議会が犯している罪と同じです。そしてそのような罪こそが、イエス様を十字架につけるのだということを私たちは覚えておかなければなりません。私たちは知らず知らずに、裁判官のようになって、神様を裁くようになります。しかし裁判官はあくまでも神様であって、私たちはいつもその神様の前にへりくだることを覚えなければなりません。 &#160; 3．イエスに対するあざけり さて、死刑に定められたイエス様は、人々のあざけりを受けることになります。人々はイエス様に「つばきをかけ、御顔をおおい、こぶしでなぐり、『言い当ててみろ』」と言ったり、イエス様を「平手で打った」とあります。ここで注目してみたいことは、「言い当ててみろ」という言葉です。この言葉は、「預言してみろ」という言葉です。ここには、「お前が神の子であり、キリストなら預言してみろ」という思いが込められていると思います。彼らが要求する預言というのは、誰がこぶしでなぐったかを言い当てるという預言でした。非常にちっぽけな預言です。しかしイエス様の預言というのは、このようなちっぽけな預言ではありません。もっと大きな預言なのです。イエス様は10章33－34節でこのように預言しておられました。「さあ、これから、わたしたちはエルサレムに向かって行きます。人の子は、祭司長、律法学者たちに引き渡されます。彼らは、人の子を死刑に定め、そして異邦人に引き渡します。すると彼らはあざけり、つばきをかけ、むち打ち、ついに殺します。しかし、人の子は三日目の後に、よみがえります」。イエス様はすでに、このように預言しておられました。今このように人々にあざけられ、つばきをかけられることも、すでに預言しておられたのです。そのようなイエス様に対して人々は、「預言してみろ」と言うのです。彼らは、自分たちがつばきをかけ、「預言してみろ」とイエス様をあざけることによって、自分たちの手でイエス様の預言を実現させていることを知らなかったのです。真に愚かな姿です。自分たちがすでにイエス様の預言の中に生かされている者であることを知らなかったのです。 さらに言うならば、今日の聖書箇所に出てくる一連の出来事はすべて、旧約聖書に預言されている出来事でした。イエス様が沈黙されることも、イエス様があざけられ、打たれることも、すべて詩篇やイザヤ書で預言されている出来事だったのです。彼らは宗教指導者たちでしたけれども、自分たちの手で、旧約聖書の預言を実現していることに気づかなかったのです。 私たちはこのことから、イエス様の言葉の確かさ、聖書の言葉の確かさを覚えたいと思うのです。イエス様の言葉、聖書の言葉は必ず実現するということを覚えたいのです。そのような確かな言葉によって、私たちは生かされているというこを覚えたいと思うのです。私たちはイエス様の言葉、聖書の言葉を決してちっぽけな言葉としてはなりません。イエス様の言葉、神様の言葉は、私たちが考えるよりはるかに確かで、大きなものです。 &#160; おわりに 私たちは、このイエス様の言葉、聖書の言葉の前にへりくだる者でありたいと思います。自分なりの期待やイメージで神様を見るのではなく、このイエス様の言葉、聖書の言葉からしっかりと神様を見ていきたいと思います。そしてこのイエス様の言葉、聖書の言葉に生かされて、この教会に宿られる神様を、霊とまことによって礼拝していきたいと思います。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>マルコの福音書<span style="font-family: Century;">14</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">53</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">－</span><span style="font-family: Century;">65</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節</span></strong></p>
<p><strong>はじめに</strong></p>
<p>先週は、イエス様が捕らえられた出来事を見ました。今日は、イエス様が裁判を受ける出来事を見ていきたいと思います。いよいよイエス様の苦しみは本格的になっていきます。</p>
<p>イエス様が捕らえられたのは、おそらく真夜中です。捕らえられたイエス様は、まず「大祭司」のもとに連れて行かれました。「大祭司」というのは、ユダヤ人たちの「議会」をする時の「議長」にあたる人物です。「議会」の最高責任者と言っても良いと思います。「大祭司」のもとにイエス様が連れて来られると、「議会」のメンバーである「祭司長、長老、律法学者たち」が続々と集まって来たのです。</p>
<p>通常の「議会」というのは、神殿の中で昼間行われていました。しかしこの時は、真夜中で、神殿も閉ざされていたので、神殿ではなく「大祭司」の家に皆が集まったのです。ですからこの時の「議会」または「裁判」は、正式なものではなかったのではないかと思います。それは内容から言ってもそうです。<span style="font-family: Century;">55</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節を見ると、この「裁判」は、イエス様を死刑にするための証拠をつかむための「裁判」であって、最初から死刑が前提となっていたのです。死刑が前提となっている「裁判」というのは、おかしなものです。普通は、様々な証言や証拠が挙げられて最終的に死刑という判決が下さるものです。しかしこの「裁判」は、最初に「死刑」にすることが決まっていて、後から証言や証拠を見つけ出すという「裁判」だったのです。こんな「裁判」が、正式なものであるはずがありません。また</span><span style="font-family: Century;">56</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節を見ると、この「裁判」では「偽証」が多かったとあります。つまり偽りの証言が多かったというのです。このことからもこの「裁判」が、正式なものではないということが分かります。</span></p>
<p>しかしこの「裁判」にも、しっかりとした部分がありました。それは、「証言を一致させる」ということです。彼らは「証言を一致させる」ことなしに、イエス様を死刑にしようとは思わなかったのです。なぜなら律法に、「ふたりの証人または三人の証人の証言によって、死刑に処さなければならない。ひとりの証言で死刑にしてはならない」（申命記17：6)という規定があったからです。ですから彼らは一生懸命に、イエス様を死刑にするための「一致した証言」を探していたのです。しかしいくら探しても「一致した証言」は出てこなかったのです。出てきたのは、偽りの証言ばかりだったのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>1．イエスに対する偽証</strong></p>
<p>その偽りの証言の一つが、<span style="font-family: Century;">58</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節で紹介されています。</span>「私たちは、この人が『わたしは手で造られたこの神殿をこわして、三日のうちに、手で造られない別の神殿を造ってみせる』というのを聞きました」というものです。この証言は、偽りの証言で、結局一致しなかったようですけれども、実はイエス様は、これと似た言葉を実際に語ったことがあるようなのです。マルコの福音書には書かれていませんけれども、ヨハネの福音書<span style="font-family: Century;">2</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">19</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節でイエス様はこのように言っています。</span>「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう」。ヨハネの福音書には、続けてこのようにあります。「イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである」。イエス様はここで、ご自分のからだを「神殿」と言われて、「三日でそれを建てる」と言われたのです。つまりここでイエス様が言われたのは、ご自分の十字架と復活のことだったのです。しかし偽りの証言をする人たちは、それを文字通り受け取って、イエス様を「神殿を冒涜する者」、「神殿を破壊する者」として訴えようとしたのです。</p>
<p>しかしそれにしてもマルコの福音書は、なぜこの「神殿」についての偽りの証言を、ここで紹介しているのでしょうか。この「裁判」では、他にも多くの偽りの証言があったはずです。しかしなぜこの「神殿」についての偽りの証言だけが、ここで紹介されているのでしょうか。それは、この偽りの証言の中にも霊的な真理が表されているからではないでしょうか。</p>
<p>イエス様が「手で造られた神殿」をこわし、「手で造られない神殿」を造るというのは、霊的な真理です。「神殿」というのは、「イエス様のからだ」のことです。イエス様は、「手で造られたエルサレム神殿」を無意味にし、「手で造られない御自身のからだ」を造られるのです。「イエス様のからだ」とは何でしょうか。それは「教会」のことです。イエス様は、御自身の十字架と復活によって、「手で造られたエルサレムの神殿」を無意味にし、「手で造られない御自身のからだである『教会』」を造られたのです。パウロは、コリント人への手紙第一<span style="font-family: Century;">3</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">16</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節で、コリント教会に向かってこのように言っています。</span>「あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか」。イエス様は、御自身の十字架と復活によって、「エルサレム神殿」ではなく、私たち「教会」こそ、神様の「神殿」、神様が宿られる所とされたのです。イエス様はサマリヤの女にこのように言われました。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます」。イエス様は、御自身の十字架と復活によって、「エルサレム神殿」ではなく、霊とまことによって礼拝する私たち「教会」こそ、真実に神様を礼拝する場とされたのです。</p>
<p>私たち「教会」は、イエス様が十字架と復活によって造ってくださった神様の「神殿」なのです。ここにおいてこそ、霊とまことによる真実な礼拝が捧げられ、神様の御霊が豊かに宿っておられるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>2．イエスの証言</strong></p>
<p>さて、この「裁判」においては、多くの偽りの証言は出てきても、イエス様を死刑にするための「一致した証言」は一向に出てきませんでした。この間イエス様は、どんな偽りの証言が出てきても、一切弁明することもなく、ただ黙っておられたのです。</p>
<p>ついにしびれを切らした大祭司は、このままではイエス様を死刑にすることができないと思って、自ら立ち上がって、イエス様にこのように尋ねるのです。「あなたは、ほむべき方の子、キリストですか」。この「ほむべき方の子」というのは、「神の子」という意味です。大祭司はイエス様に向かって、「あなたは神の子、キリストですか」と尋ねるのです。それに対してイエス様は何と答えるのでしょうか。ここでも沈黙を守られるのでしょうか。そうではありません。イエス様はついに口を開き、「わたしは、それです」と答えられるのです。</p>
<p>これまでイエス様は、御自分が「キリスト」であることを誰にも言わないようにと弟子たちを戒めてこられました。また悪霊がイエス様のことを「神の子」と呼んだ時にも、誰にも言わないようにと戒められたのです。このようにイエス様はこれまで、御自分が「神の子」であり、「キリスト」であることを隠されてきました。それは、御自分がロー帝国の支配からイスラエルを解放する政治的解放者として人々に誤解されないためです。人々は「神の子」または「キリスト」に対して、そのような期待を抱いていたのです。しかしイエス様は、十字架に近づいたこの時、もはや御自身が「神の子」であり「キリスト」であることを隠されませんでした。十字架にかかられ、人々の罪を負うことこそ、「神の子」「キリスト」の本当の姿であることを明らかにされるため、イエス様は「わたしは、それです」と力強く答えられたのです。</p>
<p>イエス様は続けてこのようにも言われます。「人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見るはずです」。イエス様は御自分のことを、決して「キリスト」とは呼ばれません。これまでも一貫してイエス様は、御自分のことを「人の子」と呼んでこられました。イエス様はここで、御自分が天に昇り、やがて世を裁くために戻って来られるということを語っておられます。このことは私たちがいつも「使徒信条」で告白していることです。「天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来りて生ける者と死にたる者とを裁きたまわん」。しかしイエス様はここで、なぜこのようなことを語られるのでしょうか。私自身が思わされたことは、イエス様はここで「裁判」を受けている。言ってみれば、これは人間が「神の子」を裁いているという光景です。被造物に過ぎない人間が、創造者である神様御自身を裁いているという光景です。しかしイエス様は、やがてこの立場が逆転する時が来る。「神の子」が人間を裁く時が来る。創造者である神様御自身が、被造物である人間を裁く時が来るということを宣言されたのだと思うのです。</p>
<p>さて、イエス様のこの言葉を聞いた大祭司は、どのような反応をするのでしょうか。彼はまず「自分の衣を引き裂き」ます。この「衣を引き裂く」というのは、冒涜的な言葉を聞いた時にする行為です。大祭司は、イエス様の言葉を「神様を冒涜的する言葉」として受け取ったのです。<span style="font-family: Century;">64</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節でも大祭司は、</span>「神をけがす言葉」と言っています。大祭司と議会は、このイエス様の言葉を「神様を冒涜する罪」として、イエス様を死刑にすることを決めたのです。</p>
<p>私たちの立場から言えば、イエス様は決して間違ったことは言っていません。神様を冒涜もしていません。ただ真実を告白しただけです。しかしそれにも拘らず、イエス様は死刑に定められたのです。なぜイエス様は死刑に定めらたのでしょうか。なぜ大祭司と議会は、イエス様が神の子であり、キリストであるということを受け入れられなかったのでしょうか。それは、彼らが自分なりのキリスト像を持っていたからです。「キリストとはこういう方に違いない」という自分なりのイメージを持っていたからです。彼らはその自分なりのイメージと、イエス様の姿が合わなかったから、イエス様を受け入れなかったのです。イエス様が、自分たちの期待していたイメージと違うから、イエス様を受け入れなかったのです。</p>
<p>このことは、彼らだけでなく、私たちのうちにもよく起こることではないかと思います。自分なりに神様とはこういう方だというイメージを持っていて、それに合わなければ神様を受け入れない、信じないということがよくノンクリスチャンの間に起こります。またクリスチャンの間でも、神様はこうしてくれるに違いないと勝手に期待していて、その期待に神様が応えてくれないとすぐにつまずいてしまう、ある時は信仰を捨てると言い出す、そういうことがよく起こります。しかしこのような姿は、今日の聖書箇所に出てくる大祭司や議会と大して変わらないのではないかと思います。自分のイメージや期待に合わなければ、神様を捨てる。これは大祭司や議会が犯している罪と同じです。そしてそのような罪こそが、イエス様を十字架につけるのだということを私たちは覚えておかなければなりません。私たちは知らず知らずに、裁判官のようになって、神様を裁くようになります。しかし裁判官はあくまでも神様であって、私たちはいつもその神様の前にへりくだることを覚えなければなりません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>3．イエスに対するあざけり</strong></p>
<p>さて、死刑に定められたイエス様は、人々のあざけりを受けることになります。人々はイエス様に「つばきをかけ、御顔をおおい、こぶしでなぐり、『言い当ててみろ』」と言ったり、イエス様を「平手で打った」とあります。ここで注目してみたいことは、「言い当ててみろ」という言葉です。この言葉は、「預言してみろ」という言葉です。ここには、「お前が神の子であり、キリストなら預言してみろ」という思いが込められていると思います。彼らが要求する預言というのは、誰がこぶしでなぐったかを言い当てるという預言でした。非常にちっぽけな預言です。しかしイエス様の預言というのは、このようなちっぽけな預言ではありません。もっと大きな預言なのです。イエス様は<span style="font-family: Century;">10</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">33</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">－</span><span style="font-family: Century;">34</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節でこのように預言しておられました。</span>「さあ、これから、わたしたちはエルサレムに向かって行きます。人の子は、祭司長、律法学者たちに引き渡されます。彼らは、人の子を死刑に定め、そして異邦人に引き渡します。すると彼らはあざけり、つばきをかけ、むち打ち、ついに殺します。しかし、人の子は三日目の後に、よみがえります」。イエス様はすでに、このように預言しておられました。今このように人々にあざけられ、つばきをかけられることも、すでに預言しておられたのです。そのようなイエス様に対して人々は、「預言してみろ」と言うのです。彼らは、自分たちがつばきをかけ、「預言してみろ」とイエス様をあざけることによって、自分たちの手でイエス様の預言を実現させていることを知らなかったのです。真に愚かな姿です。自分たちがすでにイエス様の預言の中に生かされている者であることを知らなかったのです。</p>
<p>さらに言うならば、今日の聖書箇所に出てくる一連の出来事はすべて、旧約聖書に預言されている出来事でした。イエス様が沈黙されることも、イエス様があざけられ、打たれることも、すべて詩篇やイザヤ書で預言されている出来事だったのです。彼らは宗教指導者たちでしたけれども、自分たちの手で、旧約聖書の預言を実現していることに気づかなかったのです。</p>
<p>私たちはこのことから、イエス様の言葉の確かさ、聖書の言葉の確かさを覚えたいと思うのです。イエス様の言葉、聖書の言葉は必ず実現するということを覚えたいのです。そのような確かな言葉によって、私たちは生かされているというこを覚えたいと思うのです。私たちはイエス様の言葉、聖書の言葉を決してちっぽけな言葉としてはなりません。イエス様の言葉、神様の言葉は、私たちが考えるよりはるかに確かで、大きなものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>おわりに</strong></p>
<p>私たちは、このイエス様の言葉、聖書の言葉の前にへりくだる者でありたいと思います。自分なりの期待やイメージで神様を見るのではなく、このイエス様の言葉、聖書の言葉からしっかりと神様を見ていきたいと思います。そしてこのイエス様の言葉、聖書の言葉に生かされて、この教会に宿られる神様を、霊とまことによって礼拝していきたいと思います。</p>
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		<title>２/５（日）主日礼拝</title>
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		<pubDate>Sun, 22 Jan 2012 04:30:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[中村寿夫牧師（満濃キリスト教会）が説教してくださいます。 礼拝では、分かり易い福音のメッセージを語っていただきます。ぜひ家族や友人をお誘いください。 また午後には、「家庭における信仰生活」というテーマで講演をしていただきます。ぜひ覚えてご参加ください。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>中村寿夫牧師（満濃キリスト教会）が説教してくださいます。</p>
<p>礼拝では、分かり易い福音のメッセージを語っていただきます。ぜひ家族や友人をお誘いください。</p>
<p>また午後には、「家庭における信仰生活」というテーマで講演をしていただきます。ぜひ覚えてご参加ください。</p>
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		<title>聖書のことばが実現するため</title>
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		<pubDate>Sun, 15 Jan 2012 04:30:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[主日説教]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.ofgod.org/?p=552</guid>
		<description><![CDATA[マルコの福音書14章43－52節  はじめに 先週は、イエス様が捕らえられる直前の「ゲッセマネの祈り」について学びました。イエス様は十字架に備えて祈られれたのです。激しく祈られたのです。自分の願いと神様の御心との間で、激しく葛藤されたのです。それは「真の神」であり、「真の人」であるイエス様ならではの激しい葛藤でした。しかしイエス様は、そのような激しい祈りの末、ついに神様の御心へと思いが整えられ、十字架へと歩み出されるのです。 今日の聖書箇所には、イエス様が実際に捕らえられるという出来事が書かれています。そしてその背後には、イエス様を見捨てる人々の姿が描かれています。今日の聖書箇所には、大きく分けて、イエス様を見捨てる3人の人物が出てきます。一人は、「十二弟子のひとりのユダ」です。そして二人目は、47節に出てくる「イエスのそばに立っていたひとり」と呼ばれる人物です。そして三人目は、51－52節に出てくる「ある青年」です。今日はまず、このイエス様を見捨てた3人の人物について学んでいきたいと思います。 &#160; 1．イエスを見捨てた「十二弟子のひとりのユダ」 まずは「十二弟子のひとりのユダ」について、です。この「ユダ」は、マルコの福音書では通常、「イスカリオテ・ユダ」と呼ばれています。この「イスカリオテ」というのは、「ケリヨテの人」という意味です。つまり「ケリヨテ」という場所から来た人という意味です。ですから「イスカリオテ・ユダ」という呼び方は、「ケリヨテ出身のユダ」という意味なのです。 しかし今日の聖書箇所で「ユダ」は、「十二弟子のひとりのユダ」と呼ばれています。これからイエス様を裏切ろうとする「ユダ」が、「十二弟子のひとり」と呼ばれれているのです。ここには、イエス様は他人から裏切られるのではない、最も親しく、最も近い存在である「十二弟子のひとり」に裏切られるのだ、ということが強調されているように思います。 44節を見ると、「ユダ」はもはや、「ユダ」とは呼ばれなくなります。ただ「裏切る者」とだけ呼ばれるようになるのです。 「ユダ」の裏切りは、イエス様に対する「口づけ」によって、強調されます。「口づけ」というのは、当時の弟子と先生との間の挨拶でした。お互いの「尊敬と愛情のしるし」として「口づけ」をしたのです。「ユダ」は、この「尊敬と愛情のしるし」としての「口づけ」を、「裏切りの道具」として用いるのです。 夜中のゲッセマネの園に、「祭司長、律法学者、長老たちから差し向けられた」「群衆」を引き連れて、「ユダ」はイエス様のもとにやって来ます。彼はやって来るとすぐに、イエス様に近寄って「口づけ」をするのです。なぜ「ユダ」は「口づけ」をするのでしょうか。それは「尊敬と愛情」のためではありません。「合図」のためです。夜中のゲッセマネの園は、おそらく真っ暗でした。オリーブの木も生い茂っていたでしょうから、月明かりも届かないような暗さだったと思います。「ユダ」に引き連れられてやってきた「群衆」は、おそらくイエス様の顔がはっきりと分からなかったのだと思います。49節に、「わたしは毎日、宮であなたがたといっしょにいて、教えていた」とありますから、「群衆」も一度や二度は、イエス様の顔を見たことがあると思います。しかし一度や二度では、暗闇の中でイエス様の顔をはっきりと見分けることができなかったと思います。そこで約3年間、イエス様と一緒に過ごし、イエス様の顔を暗闇の中でもはっきりと見分けることができる「ユダ」が、「口づけ」によって、「この人こそ、イエスだ」と「群衆」に「合図」を出したのです。それは確実に、間違えずにイエス様を捕らえるためです。このように「ユダ」は、「尊敬と愛情のしるし」である「口づけ」を、確実に、間違えずにイエス様を捕らえるための道具として、利用したのです。 「口づけ」という言葉は、44節と45節に出てきますけれども、この二つは原文では少し違う言葉です。45節で「ユダ」が実際にした「口づけ」は、「長い口づけ」「念入りの口づけ」を意味する言葉が使われているのです。「ユダ」はこの時、念入りに、長い「口づけ」をイエス様にしたのです。なぜでしょうか。それは決して良心の呵責があったとか、少し迷いがあったとかではありません。「群衆」がはっきりとイエス様を見分けられるために、十分な時間を与えるためだったのです。「ユダ」は「尊敬と愛情のしるし」である「口づけ」を、イエス様を捕らえるための道具として利用することに、何の躊躇もしない、まさに「裏切り者」であったのです。この時のイエス様の思いは、どのようなものだったのでしょうか。3年間一緒に過ごした弟子が、「尊敬と愛情のしるし」である「口づけ」を利用して、今まさに自分を裏切ろうとしている、その姿をイエス様はどのような思いで見つめられたのでしょうか。 &#160; 2．イエスを見捨てた「イエスのそばに立っていたひとり」 今日の聖書箇所で、イエス様を見捨てる二人目の人物は、47節に出てくる「イエスのそばに立っていたひとり」です。この人は、「剣を抜いて大祭司のしもべに撃ちかかり、その耳を切り落とした」とあります。一見ここを読むと、この人は、イエス様を守ろうとして勇敢に戦った人のように見えます。しかし50節を見ると、「みながイエスを見捨てて、逃げてしまった」とありますから、おそらくこの人もイエス様を見捨てて、逃げてしまったのではないかと思います。 では、この「イエスのそばに立っていたひとり」というのは、いったい誰なのでしょうか。ヨハネの福音書を見ると、この人は「ペテロ」であったことが分かります。またヨハネの福音書には、耳を切り落とされた大祭司の名前が「マルコス」であったということまで書いてあります。ヨハネの福音書には、この出来事についてかなり詳しく書かれています。 しかし、なぜマルコの福音書には、「ペテロ」とは書かずに、「イエスのそばに立っていたひとり」と書かれているのでしょうか。「ペテロ」はもともと「シモン」という名前でしたけれども、イエス様からは「岩」という意味の「ペテロ」と呼ばれていたのです。それは、「ペテロ」がイエス様のことを、「あなたは、生ける神の御子キリストです」と告白した時に、イエス様から「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます」と言われたからです。 しかし先週の聖書箇所のイエス様のゲッセマネの祈りの時、イエス様は目を覚まして、祈り続けることができない「ペテロ」に対して、「シモン」と呼びかけられたのです。これは、「ペテロ」のもともとの名前です。目を覚まして、祈り続けることのできない「ペテロ」の姿を見て、あえてイエス様は「ペテロ」と呼ばなかったのだと思います。眠っている「ペテロ」の姿は、教会がその上に建つ「岩」のように見えなかったからだと思います。 そして今日の聖書箇所でも「ペテロ」は、「ペテロ」と呼ばれないのです。「イエスのそばに立っていたひとり」と呼ばれるのです。「ペテロ」は、イエス様の十字架に近づくにつれて、教会がその上に建つ「岩」としての姿を失いつつあったのかもしれません。 しかし今日の聖書箇所を見ると、「ペテロ」は一見、剣を抜いて、イエス様を守ろうとした勇敢な人のように見えます。しかし「ペテロ」はこの直後、イエス様を見捨てて、逃げてしまうのです。47節の「ペテロ」の姿と50節の「ペテロ」の姿には、大きなギャップがあるように見えます。しかし多くの学者が説明するのは、「ペテロ」が剣を抜いて大祭司の耳を切り落としたのは、イエス様を守ろうと勇敢に戦ったのではなく、「ペテロ」が恐れのあまりパニックに陥って剣を振り回したからではないか、ということです。私もそうではないかと思います。「ペテロ」は恐れのあまりパニックに陥って、暗闇の中で剣を振り回した、そうしたらたまたま近くにいた大祭司のしもべの「マルコス」の耳を切り落としてしまったのだと思います。そうであるならば、その直後にイエス様を見捨てて、逃げてしまったこともうなずけます。「ペテロ」はこの時、勇敢だったのではなく、怯えていたのだと思います。 ペテロはつい数時間前、イエス様に対して「たとい全部の者がつまずいても、私はつまずきません」と言ったばかりでした。しかし、いざイエス様の十字架が近づくと、「ペテロ」は恐れおののき、イエス様を見捨てて逃げてしまうのです。 &#160; 3．イエスを見捨てた「ある青年」 イエス様を見捨てる三人目の人物は、51－52節に出てくる「ある青年」です。この「ある青年」は、「素はだに亜麻布を一枚まとったまま」、捕らえられたイエス様の後をついて行ったのだけれども、自分も捕らえられそうになったので、「亜麻布を脱ぎ捨てて、はだかで逃げた」というのです。 この出来事は、マルコの福音書だけにしか書かれていません。ですから、この「ある青年」が誰なのかということは、はっきり分かりません。しかしこの「ある青年」が誰なのか、ということを探るいくつかの手掛かりがあります。一つは、この「青年」は「亜麻布」をまとっていたということです。当時、「亜麻布」は高価なものであったので、おそらくこの「青年」は、裕福な家庭の「青年」であったということが分かります。もう一つは、この「青年」は「素はだに亜麻布を一枚まとった」状態であったということです。この「素はだに亜麻布を一枚まとった」状態というのは、簡単に言えば寝巻きです。この「青年」は寝巻きの状態で、ゲッセマネの園にいたのです。ということは、この「青年」は、ゲッセマネの園の近くに家を持つ「青年」であったということが分かります。ゲッセマネの園の近くにある裕福な家庭の「青年」、そしてマルコの福音書にしか書かれていないこの出来事、これらのことから多くの学者たちは、この「ある青年」というのは、マルコの福音書を書いた「マルコ」本人ではないかと考えるのです。 以前このマルコの福音書からの説教で、イエス様と弟子たちが最後の晩餐をした、「二階の広間」のある家というのは、「マルコ」の母マリヤの家ではないかという話をしました。イエス様と弟子たちは、この「マルコ」の母マリヤの家で最後の晩餐をした後に、ゲッセマネの園に祈りに行かれたのではないかと思います。つまり「マルコ」の家から、ゲッセマネの園に出かけて行かれたのではないかと思います。その時「マルコ」は、亜麻布を一枚まとって寝る準備をしていた。しかしイエス様と弟子たちが、ただならぬ雰囲気で出かけて行かれる。そこでマルコは、寝ようとしたけれども、どうしても気になって、イエス様と弟子たちの後を付けて行った。付けて行ったら、その先でイエス様が捕らえられている姿を目にした。「マルコ」はイエス様がどこに連れて行かれるのかと心配して、後を付いて行こうとしたけれども、自分も捕らえられそうになったので、「亜麻布を脱ぎ捨てて、はだかで逃げた」。そのような想像をすることができます。これらはあくまで想像に過ぎません。はっきりした証拠は何もありません。しかし多くの学者が、このある「青年」というのは、「マルコ」ではないかと考えるのです。 もしこの「ある青年」が、マルコの福音書を書いた「マルコ」だとしたら、なぜ「マルコ」は、この自分の恥ずかしい過去を、ここであえて書いたのでしょうか。他の福音書には書かれていませんから、「マルコ」が書かなければ、誰もその恥ずかしい過去を知ることもありません。しかし私は、「マルコ」はあえて、この自分の恥ずかしい過去を、イエス様を見捨てて逃げてしまった事実を書いたのだと思います。なぜでしょうか。それは、その自分の恥ずかしい過去を、福音によって乗り越えたからだと思います。自分はイエス様を見捨てて逃げてしまった者だけれども、このように今はマルコの福音書を書いて、イエス様を伝える者に変えられた、その証のために「マルコ」はあえて自分の恥ずかしい過去を書いたのではないかと思います。少し読み込みすぎかもしれませんけれども、この「ある青年」の出来事には、「マルコ」によって証しされる「福音」が込められているのではないかと思います。 &#160; おわりに では最後に、48－49節で語られたイエス様の言葉に注目して終わりたいと思います。イエス様は「ユダ」と「群衆」に向かってこのように言われました。「こうなったのは聖書のことばが実現するためです」。イエス様は御自分が捕らえられたのは、「聖書のことばが実現するため」だと言われるのです。ではイエス様が捕らえられたことによって、いったいどの御言葉が実現したのでしょうか。このことについては、学者たちの間でも様々な意見があります。しかし私が思い浮かぶ御言葉は、イザヤ書53章12節の御言葉です。「彼は罪人たちの中に数えられた」（ルカ22：37の引用から)。イエス様は「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持って」捕らえらえたとあります。イエス様はまさに、「強盗」という「罪人」のように捕らえられたのです。イエス様が「強盗」のように扱われたのは、何もこの捕らえられる時だけではありません。十字架の上でもイエス様は、「強盗」のように扱われたのです。イエス様はひとりで十字架に付けられたのではありません。他の二人の人がイエス様の右と左に十字架に付けられたのです。ではその人たちはどのような人たちだったのでしょうか。15章27節には、その人たちは「強盗」であったと書かれています。イエス様は二人の「強盗」に挟まれて、まるで「強盗」のように、十字架に付けられたのです。 なぜイエス様は「強盗」のように捕らえられ、「強盗」のように十字架に付けられなければならなかったのでしょうか。この「強盗」という言葉を、マルコの福音書の中で探すとこのような御言葉に出会いました。11章17節の御言葉です。「『わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではありませんか。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしたのです」。この御言葉は、イエス様が「宮きよめ」をした時の御言葉です。イエス様は、「祈りの家」となるべき神殿が、「強盗の巣」とされていることに怒りを覚えられたのです。ここに「強盗」という言葉が出てきます。ここから思わされることは、イエス様が「強盗」のように捕らえられ、「強盗」のように十字架に付けられたのは、「祈りの家」となるべき神殿を、「強盗の巣」にしてしまった者たちのためだったのではないかということです。現代的に言えば、「祈りの家」となるべき教会を、「強盗の巣」にしてしまった者たちのためこそ、イエス様は「強盗」のように捕らえられ、「強盗」のように十字架に付けられたのではないかということです。教会を「祈りの家」としない者、それは誰でも「強盗」と言えるのではないかと思います。もっと簡単に言えば、「祈れない者」「祈らない者」、それが「強盗」ではないかと思います。「祈れない者」「祈らない者」とは誰でしょうか。それは私たちであることは言うまでもありませんけれども、聖書の中で言えば、ペテロを始めとする弟子たちでした。ペテロをはじめとする弟子たちは、イエス様に「目を覚まして、祈り続けなさい」と言われたにも拘らず、祈らずに眠ってしまったのです。だからこそペテロは、イエス様が捕らえられる時、恐れおののき、イエス様を見捨てて逃げてしまったのです。「祈れなかったペテロ」「祈らなかったペテロ」、それはある意味では「強盗」でした。しかしイエス様は、その「祈れなかった」「祈らなかった」「強盗」とも言える「ペテロ」の代わりに、「強盗」のように捕らえられ、「強盗」のように十字架に付けられて、神様の裁きを受けられたのではないかと思います。そして「強盗」のような「ペテロ」を救おうと、目を覚まして祈り続ける者にしようとされたのではないかと思います。 私たちももし「祈れない」また「祈らない」者であるなら、ある意味では「強盗」と言えるかもしれません。そして私たちがもし「祈れない」また「祈らない」者であるなら、ペテロと同じように、イエス様を見捨てて、逃げてしまう者であるかもしれません。しかしイエス様はそのような「強盗」とも言える私たちを救うために、「強盗」とも言える私たちを赦すために、「強盗」のように捕らえられ、「強盗」のように十字架に付けられることを良しとされたのだと思います。そして「強盗」のような私たちを、目を覚まして祈り続ける者にしようとされたのだと思います。 私たちは、この「強盗」のように捕らえられ、「強盗」のように十字架つけられたイエス様を見上げて歩んでいきたいと思います。そしてそれは私たちのためであること、「祈れない」また「祈らない」私たちを赦し、私たちが目を覚まして祈り続ける者となるためであることを覚えたいと思います。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>マルコの福音書<span style="font-family: Century;">14</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">43</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">－</span><span style="font-family: Century;">52</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節</span></strong></p>
<p><strong> はじめに</strong></p>
<p>先週は、イエス様が捕らえられる直前の「ゲッセマネの祈り」について学びました。イエス様は十字架に備えて祈られれたのです。激しく祈られたのです。自分の願いと神様の御心との間で、激しく葛藤されたのです。それは「真の神」であり、「真の人」であるイエス様ならではの激しい葛藤でした。しかしイエス様は、そのような激しい祈りの末、ついに神様の御心へと思いが整えられ、十字架へと歩み出されるのです。</p>
<p>今日の聖書箇所には、イエス様が実際に捕らえられるという出来事が書かれています。そしてその背後には、イエス様を見捨てる人々の姿が描かれています。今日の聖書箇所には、大きく分けて、イエス様を見捨てる<span style="font-family: Century;">3</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">人の人物が出てきます。一人は、</span>「十二弟子のひとりのユダ」です。そして二人目は、<span style="font-family: Century;">47</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節に出てくる</span>「イエスのそばに立っていたひとり」と呼ばれる人物です。そして三人目は、<span style="font-family: Century;">51</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">－</span><span style="font-family: Century;">52</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節に出てくる</span>「ある青年」です。今日はまず、このイエス様を見捨てた<span style="font-family: Century;">3</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">人の人物について学んでいきたいと思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>1．イエスを見捨てた「十二弟子のひとりのユダ」</strong></p>
<p>まずは「十二弟子のひとりのユダ」について、です。この「ユダ」は、マルコの福音書では通常、「イスカリオテ・ユダ」と呼ばれています。この「イスカリオテ」というのは、「ケリヨテの人」という意味です。つまり「ケリヨテ」という場所から来た人という意味です。ですから「イスカリオテ・ユダ」という呼び方は、「ケリヨテ出身のユダ」という意味なのです。</p>
<p>しかし今日の聖書箇所で「ユダ」は、「十二弟子のひとりのユダ」と呼ばれています。これからイエス様を裏切ろうとする「ユダ」が、「十二弟子のひとり」と呼ばれれているのです。ここには、イエス様は他人から裏切られるのではない、最も親しく、最も近い存在である「十二弟子のひとり」に裏切られるのだ、ということが強調されているように思います。</p>
<p><span style="font-family: Century;">44</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節を見ると、「ユダ」はもはや、「ユダ」とは呼ばれなくなります。ただ</span>「裏切る者」とだけ呼ばれるようになるのです。</p>
<p>「ユダ」の裏切りは、イエス様に対する「口づけ」によって、強調されます。「口づけ」というのは、当時の弟子と先生との間の挨拶でした。お互いの「尊敬と愛情のしるし」として「口づけ」をしたのです。「ユダ」は、この「尊敬と愛情のしるし」としての「口づけ」を、「裏切りの道具」として用いるのです。</p>
<p>夜中のゲッセマネの園に、「祭司長、律法学者、長老たちから差し向けられた」「群衆」を引き連れて、「ユダ」はイエス様のもとにやって来ます。彼はやって来るとすぐに、イエス様に近寄って「口づけ」をするのです。なぜ「ユダ」は「口づけ」をするのでしょうか。それは「尊敬と愛情」のためではありません。「合図」のためです。夜中のゲッセマネの園は、おそらく真っ暗でした。オリーブの木も生い茂っていたでしょうから、月明かりも届かないような暗さだったと思います。「ユダ」に引き連れられてやってきた「群衆」は、おそらくイエス様の顔がはっきりと分からなかったのだと思います。<span style="font-family: Century;">49</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節に、</span>「わたしは毎日、宮であなたがたといっしょにいて、教えていた」とありますから、「群衆」も一度や二度は、イエス様の顔を見たことがあると思います。しかし一度や二度では、暗闇の中でイエス様の顔をはっきりと見分けることができなかったと思います。そこで約<span style="font-family: Century;">3</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">年間、イエス様と一緒に過ごし、イエス様の顔を暗闇の中でもはっきりと見分けることができる「ユダ」が、「口づけ」によって、「この人こそ、イエスだ」と「群衆」に「合図」を出したのです。それは確実に、間違えずにイエス様を捕らえるためです。このように「ユダ」は、「尊敬と愛情のしるし」である「口づけ」を、確実に、間違えずにイエス様を捕らえるための道具として、利用したのです。</span></p>
<p>「口づけ」という言葉は、<span style="font-family: Century;">44</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節と</span><span style="font-family: Century;">45</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節に出てきますけれども、この二つは原文では少し違う言葉です。</span><span style="font-family: Century;">45</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節で「ユダ」が実際にした「口づけ」は、「長い口づけ」「念入りの口づけ」を意味する言葉が使われているのです。「ユダ」はこの時、念入りに、長い「口づけ」をイエス様にしたのです。なぜでしょうか。それは決して良心の呵責があったとか、少し迷いがあったとかではありません。「群衆」がはっきりとイエス様を見分けられるために、十分な時間を与えるためだったのです。「ユダ」は「尊敬と愛情のしるし」である「口づけ」を、イエス様を捕らえるための道具として利用することに、何の躊躇もしない、まさに「裏切り者」であったのです。この時のイエス様の思いは、どのようなものだったのでしょうか。</span><span style="font-family: Century;">3</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">年間一緒に過ごした弟子が、「尊敬と愛情のしるし」である「口づけ」を利用して、今まさに自分を裏切ろうとしている、その姿をイエス様はどのような思いで見つめられたのでしょうか。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>2．イエスを見捨てた「イエスのそばに立っていたひとり」</strong></p>
<p>今日の聖書箇所で、イエス様を見捨てる二人目の人物は、<span style="font-family: Century;">47</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節に出てくる「イエスのそばに立っていたひとり」です。この人は、</span>「剣を抜いて大祭司のしもべに撃ちかかり、その耳を切り落とした」とあります。一見ここを読むと、この人は、イエス様を守ろうとして勇敢に戦った人のように見えます。しかし<span style="font-family: Century;">50</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節を見ると、</span>「みながイエスを見捨てて、逃げてしまった」とありますから、おそらくこの人もイエス様を見捨てて、逃げてしまったのではないかと思います。</p>
<p>では、この「イエスのそばに立っていたひとり」というのは、いったい誰なのでしょうか。ヨハネの福音書を見ると、この人は「ペテロ」であったことが分かります。またヨハネの福音書には、耳を切り落とされた大祭司の名前が「マルコス」であったということまで書いてあります。ヨハネの福音書には、この出来事についてかなり詳しく書かれています。</p>
<p>しかし、なぜマルコの福音書には、「ペテロ」とは書かずに、「イエスのそばに立っていたひとり」と書かれているのでしょうか。「ペテロ」はもともと「シモン」という名前でしたけれども、イエス様からは「岩」という意味の「ペテロ」と呼ばれていたのです。それは、「ペテロ」がイエス様のことを、「あなたは、生ける神の御子キリストです」と告白した時に、イエス様から「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます」と言われたからです。</p>
<p>しかし先週の聖書箇所のイエス様のゲッセマネの祈りの時、イエス様は目を覚まして、祈り続けることができない「ペテロ」に対して、「シモン」と呼びかけられたのです。これは、「ペテロ」のもともとの名前です。目を覚まして、祈り続けることのできない「ペテロ」の姿を見て、あえてイエス様は「ペテロ」と呼ばなかったのだと思います。眠っている「ペテロ」の姿は、教会がその上に建つ「岩」のように見えなかったからだと思います。</p>
<p>そして今日の聖書箇所でも「ペテロ」は、「ペテロ」と呼ばれないのです。「イエスのそばに立っていたひとり」と呼ばれるのです。「ペテロ」は、イエス様の十字架に近づくにつれて、教会がその上に建つ「岩」としての姿を失いつつあったのかもしれません。</p>
<p>しかし今日の聖書箇所を見ると、「ペテロ」は一見、剣を抜いて、イエス様を守ろうとした勇敢な人のように見えます。しかし「ペテロ」はこの直後、イエス様を見捨てて、逃げてしまうのです。<span style="font-family: Century;">47</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節の「ペテロ」の姿と</span><span style="font-family: Century;">50</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節の「ペテロ」の姿には、大きなギャップがあるように見えます。しかし多くの学者が説明するのは、「ペテロ」が剣を抜いて大祭司の耳を切り落としたのは、イエス様を守ろうと勇敢に戦ったのではなく、「ペテロ」が恐れのあまりパニックに陥って剣を振り回したからではないか、ということです。私もそうではないかと思います。「ペテロ」は恐れのあまりパニックに陥って、暗闇の中で剣を振り回した、そうしたらたまたま近くにいた大祭司のしもべの「マルコス」の耳を切り落としてしまったのだと思います。そうであるならば、その直後にイエス様を見捨てて、逃げてしまったこともうなずけます。「ペテロ」はこの時、勇敢だったのではなく、怯えていたのだと思います。</span></p>
<p>ペテロはつい数時間前、イエス様に対して「たとい全部の者がつまずいても、私はつまずきません」と言ったばかりでした。しかし、いざイエス様の十字架が近づくと、「ペテロ」は恐れおののき、イエス様を見捨てて逃げてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>3．イエスを見捨てた「ある青年」</strong></p>
<p>イエス様を見捨てる三人目の人物は、<span style="font-family: Century;">51</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">－</span><span style="font-family: Century;">52</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節に出てくる「ある青年」です。この「ある青年」は、</span>「素はだに亜麻布を一枚まとったまま」、捕らえられたイエス様の後をついて行ったのだけれども、自分も捕らえられそうになったので、「亜麻布を脱ぎ捨てて、はだかで逃げた」というのです。</p>
<p>この出来事は、マルコの福音書だけにしか書かれていません。ですから、この「ある青年」が誰なのかということは、はっきり分かりません。しかしこの「ある青年」が誰なのか、ということを探るいくつかの手掛かりがあります。一つは、この「青年」は「亜麻布」をまとっていたということです。当時、「亜麻布」は高価なものであったので、おそらくこの「青年」は、裕福な家庭の「青年」であったということが分かります。もう一つは、この「青年」は「素はだに亜麻布を一枚まとった」状態であったということです。この「素はだに亜麻布を一枚まとった」状態というのは、簡単に言えば寝巻きです。この「青年」は寝巻きの状態で、ゲッセマネの園にいたのです。ということは、この「青年」は、ゲッセマネの園の近くに家を持つ「青年」であったということが分かります。ゲッセマネの園の近くにある裕福な家庭の「青年」、そしてマルコの福音書にしか書かれていないこの出来事、これらのことから多くの学者たちは、この「ある青年」というのは、マルコの福音書を書いた「マルコ」本人ではないかと考えるのです。</p>
<p>以前このマルコの福音書からの説教で、イエス様と弟子たちが最後の晩餐をした、「二階の広間」のある家というのは、「マルコ」の母マリヤの家ではないかという話をしました。イエス様と弟子たちは、この「マルコ」の母マリヤの家で最後の晩餐をした後に、ゲッセマネの園に祈りに行かれたのではないかと思います。つまり「マルコ」の家から、ゲッセマネの園に出かけて行かれたのではないかと思います。その時「マルコ」は、亜麻布を一枚まとって寝る準備をしていた。しかしイエス様と弟子たちが、ただならぬ雰囲気で出かけて行かれる。そこでマルコは、寝ようとしたけれども、どうしても気になって、イエス様と弟子たちの後を付けて行った。付けて行ったら、その先でイエス様が捕らえられている姿を目にした。「マルコ」はイエス様がどこに連れて行かれるのかと心配して、後を付いて行こうとしたけれども、自分も捕らえられそうになったので、「亜麻布を脱ぎ捨てて、はだかで逃げた」。そのような想像をすることができます。これらはあくまで想像に過ぎません。はっきりした証拠は何もありません。しかし多くの学者が、このある「青年」というのは、「マルコ」ではないかと考えるのです。</p>
<p>もしこの「ある青年」が、マルコの福音書を書いた「マルコ」だとしたら、なぜ「マルコ」は、この自分の恥ずかしい過去を、ここであえて書いたのでしょうか。他の福音書には書かれていませんから、「マルコ」が書かなければ、誰もその恥ずかしい過去を知ることもありません。しかし私は、「マルコ」はあえて、この自分の恥ずかしい過去を、イエス様を見捨てて逃げてしまった事実を書いたのだと思います。なぜでしょうか。それは、その自分の恥ずかしい過去を、福音によって乗り越えたからだと思います。自分はイエス様を見捨てて逃げてしまった者だけれども、このように今はマルコの福音書を書いて、イエス様を伝える者に変えられた、その証のために「マルコ」はあえて自分の恥ずかしい過去を書いたのではないかと思います。少し読み込みすぎかもしれませんけれども、この「ある青年」の出来事には、「マルコ」によって証しされる「福音」が込められているのではないかと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>おわりに</p>
<p>では最後に、<span style="font-family: Century;">48</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">－</span><span style="font-family: Century;">49</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節で語られたイエス様の言葉に注目して終わりたいと思います。イエス様は「ユダ」と「群衆」に向かってこのように言われました。</span>「こうなったのは聖書のことばが実現するためです」。イエス様は御自分が捕らえられたのは、「聖書のことばが実現するため」だと言われるのです。ではイエス様が捕らえられたことによって、いったいどの御言葉が実現したのでしょうか。このことについては、学者たちの間でも様々な意見があります。しかし私が思い浮かぶ御言葉は、イザヤ書<span style="font-family: Century;">53</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">12</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節の御言葉です。</span>「彼は罪人たちの中に数えられた」（ルカ22：37の引用から)。イエス様は「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持って」捕らえらえたとあります。イエス様はまさに、「強盗」という「罪人」のように捕らえられたのです。イエス様が「強盗」のように扱われたのは、何もこの捕らえられる時だけではありません。十字架の上でもイエス様は、「強盗」のように扱われたのです。イエス様はひとりで十字架に付けられたのではありません。他の二人の人がイエス様の右と左に十字架に付けられたのです。ではその人たちはどのような人たちだったのでしょうか。<span style="font-family: Century;">15</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">27</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節には、その人たちは「強盗」であったと書かれています。イエス様は二人の「強盗」に挟まれて、まるで「強盗」のように、十字架に付けられたのです。</span></p>
<p>なぜイエス様は「強盗」のように捕らえられ、「強盗」のように十字架に付けられなければならなかったのでしょうか。この「強盗」という言葉を、マルコの福音書の中で探すとこのような御言葉に出会いました。<span style="font-family: Century;">11</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">章</span><span style="font-family: Century;">17</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;">節の御言葉です。</span>「『わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではありませんか。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしたのです」。この御言葉は、イエス様が「宮きよめ」をした時の御言葉です。イエス様は、「祈りの家」となるべき神殿が、「強盗の巣」とされていることに怒りを覚えられたのです。ここに「強盗」という言葉が出てきます。ここから思わされることは、イエス様が「強盗」のように捕らえられ、「強盗」のように十字架に付けられたのは、「祈りの家」となるべき神殿を、「強盗の巣」にしてしまった者たちのためだったのではないかということです。現代的に言えば、「祈りの家」となるべき教会を、「強盗の巣」にしてしまった者たちのためこそ、イエス様は「強盗」のように捕らえられ、「強盗」のように十字架に付けられたのではないかということです。教会を「祈りの家」としない者、それは誰でも「強盗」と言えるのではないかと思います。もっと簡単に言えば、「祈れない者」「祈らない者」、それが「強盗」ではないかと思います。「祈れない者」「祈らない者」とは誰でしょうか。それは私たちであることは言うまでもありませんけれども、聖書の中で言えば、ペテロを始めとする弟子たちでした。ペテロをはじめとする弟子たちは、イエス様に「目を覚まして、祈り続けなさい」と言われたにも拘らず、祈らずに眠ってしまったのです。だからこそペテロは、イエス様が捕らえられる時、恐れおののき、イエス様を見捨てて逃げてしまったのです。「祈れなかったペテロ」「祈らなかったペテロ」、それはある意味では「強盗」でした。しかしイエス様は、その「祈れなかった」「祈らなかった」「強盗」とも言える「ペテロ」の代わりに、「強盗」のように捕らえられ、「強盗」のように十字架に付けられて、神様の裁きを受けられたのではないかと思います。そして「強盗」のような「ペテロ」を救おうと、目を覚まして祈り続ける者にしようとされたのではないかと思います。</p>
<p>私たちももし「祈れない」また「祈らない」者であるなら、ある意味では「強盗」と言えるかもしれません。そして私たちがもし「祈れない」また「祈らない」者であるなら、ペテロと同じように、イエス様を見捨てて、逃げてしまう者であるかもしれません。しかしイエス様はそのような「強盗」とも言える私たちを救うために、「強盗」とも言える私たちを赦すために、「強盗」のように捕らえられ、「強盗」のように十字架に付けられることを良しとされたのだと思います。そして「強盗」のような私たちを、目を覚まして祈り続ける者にしようとされたのだと思います。</p>
<p>私たちは、この「強盗」のように捕らえられ、「強盗」のように十字架つけられたイエス様を見上げて歩んでいきたいと思います。そしてそれは私たちのためであること、「祈れない」また「祈らない」私たちを赦し、私たちが目を覚まして祈り続ける者となるためであることを覚えたいと思います。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>あなたのみこころのままを</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Jan 2012 04:30:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[主日説教]]></category>

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		<description><![CDATA[マルコの福音書14章32－42節   はじめに 　久しぶりに、マルコの福音書からの説教になります。前回マルコの福音書から説教をしたのは、11月6日になります。それ以降、特別伝道礼拝や収穫感謝礼拝、アドベントやクリスマス礼拝、そして元旦礼拝と続いたので、しばらくマルコの福音書から離れていました。そう考えると、秋から年末年始にかけて、私たちの教会は色々と行事を重ねてきたのだということを思わされます。 しかしこうしてマルコの福音書からの説教に戻ると、また落ち着いた教会生活が始まるのだという思いがします。私たちは再びマルコの福音書から御言葉を聞き、今年もじっくりと腰を据えて教会生活を送っていきたいと思います。 今私たちが読んでいるのは、マルコの福音書の14章です。マルコの福音書を読み始めたのは、2009年の秋からです。もう2年以上もこのマルコの福音書からの説教を続けています。今年中には、確実にマルコの福音書を読み終えると思います。一つの書物を読み終える、その時に、牧師である私自身も、またこの教会自体も、一つ成熟へと向かっていくのではないかと思います。マルコの福音書を読み終えたら、次はどの書物を読み始めようか、そのようなことを思い巡らしながら、今年もマルコの福音書からの説教の準備に取り掛かりました。 　さて約2か月もマルコの福音書から遠ざかっていましたので、皆さんも随分忘れたのではないかと思います。先程読んだマルコの福音書14章32－42節は、有名なイエス様の「ゲッセマネの祈り」が書かれている場面です。これはもうイエス様が捕えられる直前の出来事です。この「ゲッセマネの祈り」が終わるとイエス様は、捕えられ十字架に掛けられることになります。この「ゲッセマネの祈り」は、イエス様が十字架に掛けられる前夜の出来事です。この出来事から24時間も経たないうちに、イエス様は十字架に掛けられることになるのです。それゆえイエス様は、十字架に備えて祈られるのです。この祈りは非常に激しいものでした。真の神であり、真の人であるイエス様であるからこそ経験する、激しい葛藤がそこにはありました。まさに祈りの「格闘」です。私たちは今日、このイエス様の「ゲッセマネの祈り」から、現代に生きる私たちのあるべき姿を教えられたいと思います。   1．恐れと悲しみを打ち明けられるイエス 　イエス様は弟子たちとの「最後の晩餐」を終えられると、「オリーブ山」に行かれました。そしてこの「オリーブ山」のふもとに「ゲッセマネ」という所があったのです。この「ゲッセマネ」というのは、「油しぼり」という意味の言葉なので、おそらくこの場所は、オリーブの木の実から油をしぼる場所だったのだと思います。ルカの福音書は、この「ゲッセマネ」のことを「いつもの場所」と書いているので、おそらくイエス様は、いつもこの場所で祈っておられたのだと思います。イエス様の最後の一週間の祈りの場所、それが「ゲッセマネ」であったのだと思います。 　イエス様は「ゲッセマネ」に着くと、弟子たちに「わたしが祈る間、ここにすわっていなさい」と言われました。この言葉はおそらく、ユダを除いた11人の弟子たちに言われた言葉でした。するとイエス様は、さらにこの11人の中から「ペテロ、ヤコブ、ヨハネをいっしょに連れて行かれた」のです。このペテロ、ヤコブ、ヨハネというのは、弟子たちの中でも特別な3人でした。イエス様はこの3人の弟子たちにしか見せないものがありました。イエス様は会堂管理者ヤイロの娘をよみがえらせる奇跡を、この3人の弟子たちにしか見せませんでした。また高い山で御自身が栄光の御姿に変えられた時も、この3人の弟子たちにしか見せませんでした。ではイエス様はこの「ゲッセマネ」で、この3人の弟子に何をお見せになるのでしょうか。それは、御自身の「恐れもだえる」姿、また「死ぬほど」の「悲しみ」に包まれる姿です。今までのイエス様の力と栄光に満ちた姿とは全く違う、実に弱々しい姿です。今までのイエス様の姿が「真の神」としての姿であるとしたら、まさに「真の人」としてのイエス様の姿でした。イエス様はこの「真の人」としての姿を、3人の弟子たちだけには見せられたのです。イエス様は御自身の「恐れ」と「悲しみ」を決して隠されませんでした。この3人の弟子たちだけには、御自身の「恐れ」と「悲しみ」を打ち明けられたのです。   2．あなたのみこころのままを！ 　そしてイエス様は、弟子たちに御自身の「恐れ」と「悲しみ」を3人の弟子たちに打ち明けられると、今度は父なる神様に御自身の「恐れ」と「悲しみ」を打ち明けられます。イエス様は3人の弟子たちに、「ここを離れないで、目をさましていなさい」と言われると、「少し進んで行って、地面にひれ伏し、もしできることなら、この時が自分から過ぎ去るように」と父なる神様に祈られるのです。またこうも祈られるのです。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください」。 　イエス様はここで、「この時」また「この杯」が、自分から「過ぎ去るように」また「取りのけられるように」と祈っています。「この時」また「この杯」というのは、十字架のことであることは言うまでもありません。しかしイエス様は、ただ単に「十字架の苦しみ」を恐れているのではありません。またただ単に「死」を悲しんでいるのでもありません。旧約聖書において「杯」という言葉は、神様の「怒りと裁き」を象徴する言葉でした。ですからイエス様が「恐れ」また「悲しみ」、「過ぎ去るように」また「取りのけられるように」と祈っているのは、これから経験する十字架というのが、神様の「怒りと裁き」そのものであるからです。全世界の罪人に対する神様の「怒りと裁き」であるからです。その全世界の罪人に対する神様の「怒りと裁き」を、人類の代表として、「真の人」となられたイエス様が一身に引き受けようとされていたからです。だからこそイエス様は、「恐れ」また「悲しみ」、「過ぎ去るように」「取りのけられるように」と祈られたのです。本来この「ゲッセマネの祈り」は、私たちが祈るべき祈りだったのです。私たちが神様の「怒りと裁き」の前に、「恐れ」と「悲しみ」を抱くべきだったのです。しかし私たちの代わりにイエス様が、「恐れ」と「悲しみ」を背負い、「怒りと裁き」の十字架へと向かってくださったのです。私たちはこのことを知らなければなりません。 　イエス様は、「この杯をわたしから取りのけてください」という御自分の正直な願いを父なる神様に打ち明けられましたけれども、その後にイエス様は「しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください」と祈り、御自分を神様の御心に従わせていかれるのです。イエス様の「ゲッセマネの祈り」は、3回捧げられました。37節を見ると、1回の祈りが「一時間」です。39節を見ると、イエス様は「同じことばで祈られた」とありますから、この夜イエス様は、約3時間ほど祈られたのだと思います。その中でイエス様は、御自分の「恐れ」と「悲しみ」を父なる神様に打ち明けられ、自分の願いと神様の御心の狭間で様々な葛藤をし、ついに神様の御心に御自分を従わせていかれるのです。その祈りは、まさに壮絶な「格闘」です。ルカの福音書には、イエス様の体から「汗が血のしずくのように地に落ちた」と書かれています。 　このようなイエス様の「ゲッセマネの祈り」を見る時、祈りについて様々なことを教えられます。まず一つは、祈りというのは、自分の願いをただ神様に押し付けるものではなく、神様の御心に自分を従わせていくものであるということです。祈りを通して私たちは、神様の御心へと心と思いが整えられていくのです。私たちは祈りを通して、神様を動かそうとしますけれども、本来は、祈りを通して私たちが動かされていくのではないでしょうか。祈りを通して、私たちが変えられていくのではないでしょうか。そのような祈りは、決して自分の願いを神様に押し付けるだけでは生まれてきません。イエス様のように自分の願いと神様の御心の狭間で様々な葛藤をし、神様と「格闘」しなければ生まれて来ないのではないかと思います。 　もう一つ祈りについて教えられることは、私たちは神様の御心を求めつつも、自分の正直な願いを、神様に打ち明けてよいということです。イエス様も御自分の正直な願いを神様に打ち明けられました。私たちは時に、あまりにも優等生な祈りをしてしまいます。「御心のとおりになりますように」、その一言ですべてを片づけてしまうことがあります。しかし自分の正直な願いを神様に打ち明けなければ、神様の御心との真実な葛藤は生まれてきません。それはただ、自分の願いを押し殺して嫌々神様の御心に従うということになるだけです。それは真実に神様の御心に従うということにはならないのではないかと思います。真実に神様の御心へと心と思いが整えられていくには、自分の正直な願いを神様に打ち明け、神様の御心と「格闘」しなければならないのだと思います。   3．目をさまして、祈り続けなさい 　さて今日の聖書箇所では、このイエス様の壮絶な祈りと3人の弟子たちの眠っている姿が、非常に対称的に描かれています。イエス様は何度も「目をさましていなさい」と彼らに言われました。しかし彼らは、目をさましていることができなかったのです。イエス様は御自身の「恐れ」と「悲しみ」を、この3人の弟子たちに打ち明けられました。しかしそれでも彼らは、イエス様の「恐れ」と「悲しみ」を自分のものとして、イエス様と共に祈ることはできなかったのです。 　私たちはこの3人の弟子たちの姿を見て、どのように思うでしょうか。何とも情けないと思うでしょうか。しかしこの3人の弟子たちの姿は、私たちの姿をよく表していると思います。イエス様の「恐れ」と「悲しみ」を聞いても、眠ってしまう、祈れない、それが私たちの姿ではないでしょうか。 　「目をさましていない」、この言葉は13章の終りによく出てきた言葉です。13章の終りは、世の終わりについて書かれている箇所です。イエス様は、世の終わりには、「目をさましていない」と繰り返し語られたのです。ですからこの「目をさましていない」という言葉は、終末的な言葉なのです。私は、今日の聖書箇所を読んでいる中で、この眠っている3人の弟子たちの姿というのは、世の終わりに生きる私たちの姿を表しているのではないかと思うようになりました。また「目をさましていなさい」というイエス様の言葉は、世の終わりに生きる私たちに語られている言葉ではないかと思うようになりました。そしてイエス様が祈りから3人の弟子たちのもとに戻って来られる姿は、世の終わりに私たちのもとに戻って来られるイエス様の姿を表しているのではないかと思うようになりました。 　そのことを思う時、イエス様の「目をさましていない」という言葉が、違う響きをもって私たちに迫ってくる思いがしました。「目をさましている」ということは、ただ眠らないということではなく、38節にあるように「祈り続ける」ということです。私たちは今、聖書を通して、この3人の弟子たちと同じようにイエス様の「恐れ」と「悲しみ」を知っています。そしてそのイエス様の「恐れ」と「悲しみ」が私たちのためのものであることも知っています。しかし私たちはどうでしょうか。そのイエス様の「恐れ」と「悲しみ」を知っているにも拘らず、この3人の弟子たちと同じように眠っているのではないでしょうか。私たちはどれだけ祈っているでしょうか。私たちはどれだけ神様の御心を求めて格闘しているでしょうか。私たちが祈らず、神様の御心を求めて格闘していないのだとしたら、私たちもまた眠っているのではないでしょうか。もしそうであるなら、イエス様が世の終わりに再び来られる時、3人の弟子たちと同じように、名前を呼ばれて、「眠っているのか。一時間でも目をさましていることができなかったのか」と言われてしまうのではないでしょうか。   おわりに 　私たちが為すべきこと、それは、イエス様が再び来られるまで、「目をさまして、祈り続けること」です。イエス様の「恐れ」と「悲しみ」は、私たちのためのものであることを覚えて、祈りを通して、神様の御心へと自分を従わせていくことです。神様の御心へと自分を従わせていく時には、イエス様がそうであったように、親しい主にある兄弟姉妹たちに自分の正直な「恐れ」や「悲しみ」を打ち明けることも大切です。しかしそれにも勝って大切なのは、父なる神様に自分の正直な「恐れ」や「悲しみ」、願いを打ち明けることです。そして自分の願いと神様の御心との狭間で葛藤しながらも、神様の御心へと自分の心と思いを整えられていくことです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>マルコの福音書14章32－42節</strong><br />
 <br />
<strong>はじめに</strong><br />
　久しぶりに、マルコの福音書からの説教になります。前回マルコの福音書から説教をしたのは、11月6日になります。それ以降、特別伝道礼拝や収穫感謝礼拝、アドベントやクリスマス礼拝、そして元旦礼拝と続いたので、しばらくマルコの福音書から離れていました。そう考えると、秋から年末年始にかけて、私たちの教会は色々と行事を重ねてきたのだということを思わされます。<br />
しかしこうしてマルコの福音書からの説教に戻ると、また落ち着いた教会生活が始まるのだという思いがします。私たちは再びマルコの福音書から御言葉を聞き、今年もじっくりと腰を据えて教会生活を送っていきたいと思います。<br />
今私たちが読んでいるのは、マルコの福音書の14章です。マルコの福音書を読み始めたのは、2009年の秋からです。もう2年以上もこのマルコの福音書からの説教を続けています。今年中には、確実にマルコの福音書を読み終えると思います。一つの書物を読み終える、その時に、牧師である私自身も、またこの教会自体も、一つ成熟へと向かっていくのではないかと思います。マルコの福音書を読み終えたら、次はどの書物を読み始めようか、そのようなことを思い巡らしながら、今年もマルコの福音書からの説教の準備に取り掛かりました。<br />
　さて約2か月もマルコの福音書から遠ざかっていましたので、皆さんも随分忘れたのではないかと思います。先程読んだマルコの福音書14章32－42節は、有名なイエス様の「ゲッセマネの祈り」が書かれている場面です。これはもうイエス様が捕えられる直前の出来事です。この「ゲッセマネの祈り」が終わるとイエス様は、捕えられ十字架に掛けられることになります。この「ゲッセマネの祈り」は、イエス様が十字架に掛けられる前夜の出来事です。この出来事から24時間も経たないうちに、イエス様は十字架に掛けられることになるのです。それゆえイエス様は、十字架に備えて祈られるのです。この祈りは非常に激しいものでした。真の神であり、真の人であるイエス様であるからこそ経験する、激しい葛藤がそこにはありました。まさに祈りの「格闘」です。私たちは今日、このイエス様の「ゲッセマネの祈り」から、現代に生きる私たちのあるべき姿を教えられたいと思います。<br />
 <br />
<strong>1．恐れと悲しみを打ち明けられるイエス</strong><br />
　イエス様は弟子たちとの「最後の晩餐」を終えられると、「オリーブ山」に行かれました。そしてこの「オリーブ山」のふもとに「ゲッセマネ」という所があったのです。この「ゲッセマネ」というのは、「油しぼり」という意味の言葉なので、おそらくこの場所は、オリーブの木の実から油をしぼる場所だったのだと思います。ルカの福音書は、この「ゲッセマネ」のことを「いつもの場所」と書いているので、おそらくイエス様は、いつもこの場所で祈っておられたのだと思います。イエス様の最後の一週間の祈りの場所、それが「ゲッセマネ」であったのだと思います。<br />
　イエス様は「ゲッセマネ」に着くと、弟子たちに「わたしが祈る間、ここにすわっていなさい」と言われました。この言葉はおそらく、ユダを除いた11人の弟子たちに言われた言葉でした。するとイエス様は、さらにこの11人の中から「ペテロ、ヤコブ、ヨハネをいっしょに連れて行かれた」のです。このペテロ、ヤコブ、ヨハネというのは、弟子たちの中でも特別な3人でした。イエス様はこの3人の弟子たちにしか見せないものがありました。イエス様は会堂管理者ヤイロの娘をよみがえらせる奇跡を、この3人の弟子たちにしか見せませんでした。また高い山で御自身が栄光の御姿に変えられた時も、この3人の弟子たちにしか見せませんでした。ではイエス様はこの「ゲッセマネ」で、この3人の弟子に何をお見せになるのでしょうか。それは、御自身の「恐れもだえる」姿、また「死ぬほど」の「悲しみ」に包まれる姿です。今までのイエス様の力と栄光に満ちた姿とは全く違う、実に弱々しい姿です。今までのイエス様の姿が「真の神」としての姿であるとしたら、まさに「真の人」としてのイエス様の姿でした。イエス様はこの「真の人」としての姿を、3人の弟子たちだけには見せられたのです。イエス様は御自身の「恐れ」と「悲しみ」を決して隠されませんでした。この3人の弟子たちだけには、御自身の「恐れ」と「悲しみ」を打ち明けられたのです。<br />
 <br />
<strong>2．あなたのみこころのままを！</strong><br />
　そしてイエス様は、弟子たちに御自身の「恐れ」と「悲しみ」を3人の弟子たちに打ち明けられると、今度は父なる神様に御自身の「恐れ」と「悲しみ」を打ち明けられます。イエス様は3人の弟子たちに、「ここを離れないで、目をさましていなさい」と言われると、「少し進んで行って、地面にひれ伏し、もしできることなら、この時が自分から過ぎ去るように」と父なる神様に祈られるのです。またこうも祈られるのです。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください」。<br />
　イエス様はここで、「この時」また「この杯」が、自分から「過ぎ去るように」また「取りのけられるように」と祈っています。「この時」また「この杯」というのは、十字架のことであることは言うまでもありません。しかしイエス様は、ただ単に「十字架の苦しみ」を恐れているのではありません。またただ単に「死」を悲しんでいるのでもありません。旧約聖書において「杯」という言葉は、神様の「怒りと裁き」を象徴する言葉でした。ですからイエス様が「恐れ」また「悲しみ」、「過ぎ去るように」また「取りのけられるように」と祈っているのは、これから経験する十字架というのが、神様の「怒りと裁き」そのものであるからです。全世界の罪人に対する神様の「怒りと裁き」であるからです。その全世界の罪人に対する神様の「怒りと裁き」を、人類の代表として、「真の人」となられたイエス様が一身に引き受けようとされていたからです。だからこそイエス様は、「恐れ」また「悲しみ」、「過ぎ去るように」「取りのけられるように」と祈られたのです。本来この「ゲッセマネの祈り」は、私たちが祈るべき祈りだったのです。私たちが神様の「怒りと裁き」の前に、「恐れ」と「悲しみ」を抱くべきだったのです。しかし私たちの代わりにイエス様が、「恐れ」と「悲しみ」を背負い、「怒りと裁き」の十字架へと向かってくださったのです。私たちはこのことを知らなければなりません。<br />
　イエス様は、「この杯をわたしから取りのけてください」という御自分の正直な願いを父なる神様に打ち明けられましたけれども、その後にイエス様は「しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください」と祈り、御自分を神様の御心に従わせていかれるのです。イエス様の「ゲッセマネの祈り」は、3回捧げられました。37節を見ると、1回の祈りが「一時間」です。39節を見ると、イエス様は「同じことばで祈られた」とありますから、この夜イエス様は、約3時間ほど祈られたのだと思います。その中でイエス様は、御自分の「恐れ」と「悲しみ」を父なる神様に打ち明けられ、自分の願いと神様の御心の狭間で様々な葛藤をし、ついに神様の御心に御自分を従わせていかれるのです。その祈りは、まさに壮絶な「格闘」です。ルカの福音書には、イエス様の体から「汗が血のしずくのように地に落ちた」と書かれています。<br />
　このようなイエス様の「ゲッセマネの祈り」を見る時、祈りについて様々なことを教えられます。まず一つは、祈りというのは、自分の願いをただ神様に押し付けるものではなく、神様の御心に自分を従わせていくものであるということです。祈りを通して私たちは、神様の御心へと心と思いが整えられていくのです。私たちは祈りを通して、神様を動かそうとしますけれども、本来は、祈りを通して私たちが動かされていくのではないでしょうか。祈りを通して、私たちが変えられていくのではないでしょうか。そのような祈りは、決して自分の願いを神様に押し付けるだけでは生まれてきません。イエス様のように自分の願いと神様の御心の狭間で様々な葛藤をし、神様と「格闘」しなければ生まれて来ないのではないかと思います。<br />
　もう一つ祈りについて教えられることは、私たちは神様の御心を求めつつも、自分の正直な願いを、神様に打ち明けてよいということです。イエス様も御自分の正直な願いを神様に打ち明けられました。私たちは時に、あまりにも優等生な祈りをしてしまいます。「御心のとおりになりますように」、その一言ですべてを片づけてしまうことがあります。しかし自分の正直な願いを神様に打ち明けなければ、神様の御心との真実な葛藤は生まれてきません。それはただ、自分の願いを押し殺して嫌々神様の御心に従うということになるだけです。それは真実に神様の御心に従うということにはならないのではないかと思います。真実に神様の御心へと心と思いが整えられていくには、自分の正直な願いを神様に打ち明け、神様の御心と「格闘」しなければならないのだと思います。<br />
 <br />
<strong>3．目をさまして、祈り続けなさい</strong><br />
　さて今日の聖書箇所では、このイエス様の壮絶な祈りと3人の弟子たちの眠っている姿が、非常に対称的に描かれています。イエス様は何度も「目をさましていなさい」と彼らに言われました。しかし彼らは、目をさましていることができなかったのです。イエス様は御自身の「恐れ」と「悲しみ」を、この3人の弟子たちに打ち明けられました。しかしそれでも彼らは、イエス様の「恐れ」と「悲しみ」を自分のものとして、イエス様と共に祈ることはできなかったのです。<br />
　私たちはこの3人の弟子たちの姿を見て、どのように思うでしょうか。何とも情けないと思うでしょうか。しかしこの3人の弟子たちの姿は、私たちの姿をよく表していると思います。イエス様の「恐れ」と「悲しみ」を聞いても、眠ってしまう、祈れない、それが私たちの姿ではないでしょうか。<br />
　「目をさましていない」、この言葉は13章の終りによく出てきた言葉です。13章の終りは、世の終わりについて書かれている箇所です。イエス様は、世の終わりには、「目をさましていない」と繰り返し語られたのです。ですからこの「目をさましていない」という言葉は、終末的な言葉なのです。私は、今日の聖書箇所を読んでいる中で、この眠っている3人の弟子たちの姿というのは、世の終わりに生きる私たちの姿を表しているのではないかと思うようになりました。また「目をさましていなさい」というイエス様の言葉は、世の終わりに生きる私たちに語られている言葉ではないかと思うようになりました。そしてイエス様が祈りから3人の弟子たちのもとに戻って来られる姿は、世の終わりに私たちのもとに戻って来られるイエス様の姿を表しているのではないかと思うようになりました。<br />
　そのことを思う時、イエス様の「目をさましていない」という言葉が、違う響きをもって私たちに迫ってくる思いがしました。「目をさましている」ということは、ただ眠らないということではなく、38節にあるように「祈り続ける」ということです。私たちは今、聖書を通して、この3人の弟子たちと同じようにイエス様の「恐れ」と「悲しみ」を知っています。そしてそのイエス様の「恐れ」と「悲しみ」が私たちのためのものであることも知っています。しかし私たちはどうでしょうか。そのイエス様の「恐れ」と「悲しみ」を知っているにも拘らず、この3人の弟子たちと同じように眠っているのではないでしょうか。私たちはどれだけ祈っているでしょうか。私たちはどれだけ神様の御心を求めて格闘しているでしょうか。私たちが祈らず、神様の御心を求めて格闘していないのだとしたら、私たちもまた眠っているのではないでしょうか。もしそうであるなら、イエス様が世の終わりに再び来られる時、3人の弟子たちと同じように、名前を呼ばれて、「眠っているのか。一時間でも目をさましていることができなかったのか」と言われてしまうのではないでしょうか。<br />
 <br />
<strong>おわりに</strong><br />
　私たちが為すべきこと、それは、イエス様が再び来られるまで、「目をさまして、祈り続けること」です。イエス様の「恐れ」と「悲しみ」は、私たちのためのものであることを覚えて、祈りを通して、神様の御心へと自分を従わせていくことです。神様の御心へと自分を従わせていく時には、イエス様がそうであったように、親しい主にある兄弟姉妹たちに自分の正直な「恐れ」や「悲しみ」を打ち明けることも大切です。しかしそれにも勝って大切なのは、父なる神様に自分の正直な「恐れ」や「悲しみ」、願いを打ち明けることです。そして自分の願いと神様の御心との狭間で葛藤しながらも、神様の御心へと自分の心と思いを整えられていくことです。</p>
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		<title>交わりを持つようになるため</title>
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		<pubDate>Sun, 01 Jan 2012 04:30:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[主日説教]]></category>

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		<description><![CDATA[ヨハネの手紙第一1章1－4節 はじめに 　今年最初の説教となります。今年最初の説教の聖書箇所として選んだのは、ヨハネの手紙第一1章1－4節です。なぜこの聖書箇所を選んだのかというと、先日の信徒総会でもお話したように、今年の年間聖句がヨハネの手紙第一1章3節の「私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです」という御言葉であるからです。そして今年の標語は、この御言葉から取り、「交わりに生きる－神との交わり・人との交わり－」としました。この年間聖句と標語は、去年と同じものでしたけれども、去年は十分に浸透しなかったように思いましたので、今年も引き続き同じものにしました。今年は、最初の説教で年間聖句を学び、この一年間、私たちの教会が目指していく歩みを皆さんで確認したいと思います。 　年間聖句を学ぶのなら、1章3節だけで良いわけですけれども、あえて1章1－4節を学ぶことにしました。それは、1章3節の意味をより深くとらえるためです。聖書の学び方で大切なのは、前後の文脈をよく読むことです。一つの御言葉だけを取り上げて読むと、その御言葉が本当に言おうとしていることを読み誤ることがあります。そして自分に都合の良いように読み取ってしまうこともあります。ですから聖書を読む時は、必ず前後の文脈もしっかりと読むようにしたいと思うのです。そうすることで、その御言葉が本当に言おうとしていることが、よく見えてくるからです。 1.私たちの見たこと、聞いたこと 　さて今日の聖書箇所の3節でヨハネは、「私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです」と語っています。ヨハネは、この手紙を通して、自分たちの「見たこと、聞いたこと」を伝えようとしているのです。 　では、ヨハネがこの手紙を通して伝えようとしている「見たこと、聞いたこと」というのは、いったいどういうものなのでしょうか。それは、1－2節によれば、「いのちのことば」であり、「永遠のいのち」のことです。ヨハネはこの手紙を通して、「いのちのことば」また「永遠のいのち」について伝えようとしているのです。 　しかしヨハネが1－2節で語っている「いのちのことば」また「永遠のいのち」というのは、「私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの」とあるように、何か人格的な存在であるように思えます。 　1節の始めに、この「いのちのことば」また「永遠のいのち」は、「初めからあったもの」だと言われています。また2節には「御父とともにあった」と言われてます。この「初めからあったもの」とか「御父とともにあった」という言葉を聞くと、一つの御言葉を思い出します。それはヨハネの福音書1章1－2節の御言葉です。「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神と共におられた」。このヨハネの福音書1章1－2節の御言葉は、まさに「イエス様」のことについて語っている御言葉です。その意味では、今日の聖書箇所でヨハネが「初めからあったもの」とか「御父とともにあった」と語っている「いのちのことば」また「永遠のいのち」というのも、「イエス様」のことであると言えます。 　ですからヨハネは、この手紙を通して、自分たちが「見た」また「聞いた」「イエス様」について伝えようとしていると言えます。 2.伝える目的 　では、ヨハネはなぜ自分たちが「見た」また「聞いた」「イエス様」について伝えようとしているのでしょうか。その目的は、いったい何なのでしょうか。今日の聖書箇所には、ヨハネがイエス様について伝えようとしている3つの目的が書かれています。 1.私たちと交わりを持つため 　まず第一は、「交わりを持つようになるため」です。ヨハネは、イエス様のことについて「あなたがた」と呼ばれる人たちに伝えることによって、その「あなたがた」と「交わり」を持とうとしたのです。私たちはここから、教会の「交わり」について教えられることがあります。教会の「交わり」というのは、イエス様を伝えることから生まれるのです。2節でヨハネは、「あかしする」とも言っています。その意味で、教会の「交わり」は、イエス様についてあかしすることから生まれると言っても良いと思います。 　では、ヨハネがここで「交わり」を持とうとしているのは、どんな人たちなのでしょうか。クリスチャンでしょうか。それともノンクリスチャンでしょうか。この手紙の5章13節を見ると、「私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです」とあります。ですからヨハネがここで「交わり」を持とうとしているのは、すでにイエス様を信じ、永遠のいのちを持っているクリスチャンたちです。ヨハネはあるクリスチャンたちと「交わり」を持つために、イエス様のことを伝え、あかししようとしたのです。私たちはイエス様のことを伝え、あかしすると聞くと、すぐにノンクリスチャンに対してするべきことと考えてしまいます。しかし私たちは、すでにイエス様を信じ、永遠のいのちを持っているクリスチャンに対しても、イエス様のことを伝え、あかしするべきなのです。そして教会の「交わり」というのは、そのようにイエス様のことを伝え、あかしする時に生まれてくるものなのです。私自身は、自然とクリスチャンが集まれば、そこに「交わり」が生まれるとは思いません。食事をし、楽しいことを共有すれば、そこに「交わり」が生まれるとも思いません。それらは広い意味では「交わり」であると言えるかもしれません。しかし聖書が言う、厳密な意味での「交わり」というのは、自然には生まれないもの、お互いがイエス様をあかしし合う時にしか「生まれないもの」だと思っています。 　私自身が最初に、真実にクリスチャンの「交わり」を経験したのは、Hi-B.Aという高校生によるクリスチャンの集まりでした。この中にも高校生時代にHi-B.Aに行かれた方が何名かおられますけれども、Hi-B.Aの一番の魅力は、私自身は「交わり」だと思います。もちろん、スタッフによる高校生の心に響くメッセージや力強い賛美も魅力でしたけれども、高校生同士が本音を語り合い、神様の恵みを分かち合う「交わり」こそ魅力だと思います。Hi-B.Aでは、毎週の集会で一週間の中で受けた神様からの恵みをみんなで分かち合います。キャンプでは、メッセージの後に、そのメッセージで受けた神様の恵みについて分かち合います。またキャンプの終わりには、キャンプ全体で受けた神様の恵みについて分かち合います。そのように、Hi-B.Aではいつも、高校生がお互いに神様の恵みを分かち合い、イエス様のことをあかしし合っていたのです。そしてそこに「交わり」が生まれていたのです。そしてその「交わり」が何より楽しかった。その「交わり」の中にずっといたいと思ったのです。私はあのHi-B.Aでの「交わり」というのは、聖書で言う、厳密な意味での「交わり」であったのではないかと思います。 　私自身がこの教会において目指す「交わり」というのは、馴れ合いの「交わり」ではなく、聖書で言う、厳密な意味での「交わり」です。お互いが神様の恵みを分かち合う、お互いがイエス様をあかしし合う、そういう「交わり」です。繰り返し言いますけれども、「交わり」は自然に生まれるものではありません。私たちが作っていくものです。ぜひ今年、壮年会や婦人会、またまきば会において、このような「交わり」を作っていただきたいと思います。ぜひ神様の恵みを分かち合い、イエス様をあかしし合う「交わり」を作っていただきたいと思います。 2.御父および御子イエス・キリストとの交わりを持つため 　さて、ヨハネがイエス様について伝えようとしている目的の第二のものは、「御父および御子イエス・キリストとの交わりを持つため」です。先ほども言いましたけれども、ヨハネが「交わり」を持とうとしている「あなたがた」というのは、すでにイエス様を信じ、永遠のいのちを持っているクリスチャンたちです。しかしヨハネは、そのような人たちに、「御父および御子イエス・キリストとの交わり」を持たせようとしているのです。なぜでしょうか。そこにはクリスチャンになっても神様との「交わり」がしっかりと持たれていないという現実があるからではないでしょうか。ヨハネはここで、クリスチャンたちに、しっかりと神様との「交わり」を持ってほしいという願いを込めて、イエス様について伝えているのではないでしょうか。 　この願いは、私自身の願いでもあります。私自身が毎週この講壇で説教する時も、皆さんに神様との「交わり」を持ってほしいという願いを込めて語っています。神様との「交わり」というのは、クリスチャン生活の基礎です。これがないとクリスチャンとしての成長は望めません。では私たちは、どのようにして神様と「交わり」をするのでしょうか。それはまず第一に、「礼拝」を通してです。日曜日に礼拝に集まって讃美し、祈りを捧げ、説教を聞く、また聖餐式に与る、こうして私たちは、神様との「交わり」をするのです。そしてもう一つ大切なことは、個人ディボーションとかQTと呼ばれるものを通して神様と「交わり」をすることです。つまり毎日聖書を読み、毎日祈ることによって、神様と「交わり」をすることです。このようにして神様との「交わり」を深めていくことこそ、クリスチャン生活の基礎です。このような神様との日々の、そして毎週の「交わり」によって、私たちと神様との関係が作られていくのです。このように神様との関係がしっかりと作られていないと、私たちの信仰は、試練や苦難に遭うと、もろくも崩れ去ってしまうのです。神様との「交わり」は、私たちの信仰を支えるものです。ですからぜひ今年は、皆さんひとりひとりが神様との「交わり」を深めていただきたいと思います。特に、毎日聖書を読み、祈ること、そのようにして神様との「交わり」を深めていただきたいと思います。今日は1月1日です。去年できなかった人は、今日から初めて見ることも良いと思います。そのような日々の神様との「交わり」の積み重ねは、確実に神様と皆さんとの関係を強めていくものとなります。 3.喜びが全きものとなるため 　そして、ヨハネがイエス様について伝えようとしている目的の第二のものは、「喜びが全きものとなるため」です。この「喜びが全きものとなる」というのは、「喜びが満たされる」ということです。ヨハネは、自分自身が喜びに満たされるために、イエス様のことを伝えようとしているのです。 おわりに 　イエス様について伝える時、そこに何が生まれるのでしょうか。それはまず第一に、「人との交わり」です。そして第二に、「神様との交わり」です。そして第三に、「喜び」です。イエス様のことを伝えるのは、もちろんノンクリスチャンに対しても大切ですけれども、クリスチャンに対しても大切なことです。クリスチャン同士で神様の恵みを分かち合い、イエス様をあかしし合う、そのような中で私たちの「交わり」は作られていくのです。そしてそのような「交わり」の中で、ひとりひとりの神様との「交わり」をも励まされていくのです。そのような「交わり」の中で、自分も神様との「交わり」をしっかり持とうという思いが与えられていくのです。そしてひとりひとりの神様との「交わり」から、また神様の恵みが与えられ、イエス様についてのあかしが与えられ、お互いの「交わり」が強められていくのです。そしてそのような「交わり」においては、いつも「喜び」が生まれるのです。教会が「喜び」に満たされる、その「喜び」はお互いが神様の恵みを分かち合い、イエス様をあかしし合う「交わり」から生まれるのです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;" lang="en-US" align="CENTER"><strong><span style="font-family: Arial Unicode MS;">ヨハネの手紙第一</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">－</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節</span></strong></p>
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>はじめに</strong></span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　今年最初の説教となります。今年最初の説教の聖書箇所として選んだのは、ヨハネの手紙第一</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">－</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節です。なぜこの聖書箇所を選んだのかというと、先日の信徒総会でもお話したように、今年の年間聖句がヨハネの手紙第一</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章</span>3<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節の「私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです」という御言葉であるからです。そして今年の標語は、この御言葉から取り、「交わりに生きる－神との交わり・人との交わり－」としました。この年間聖句と標語は、去年と同じものでしたけれども、去年は十分に浸透しなかったように思いましたので、今年も引き続き同じものにしました。今年は、最初の説教で年間聖句を学び、この一年間、私たちの教会が目指していく歩みを皆さんで確認したいと思います。</span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　年間聖句を学ぶのなら、</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章</span>3<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節だけで良いわけですけれども、あえて</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">－</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節を学ぶことにしました。それは、</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章</span>3<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節の意味をより深くとらえるためです。聖書の学び方で大切なのは、前後の文脈をよく読むことです。一つの御言葉だけを取り上げて読むと、その御言葉が本当に言おうとしていることを読み誤ることがあります。そして自分に都合の良いように読み取ってしまうこともあります。ですから聖書を読む時は、必ず前後の文脈もしっかりと読むようにしたいと思うのです。そうすることで、その御言葉が本当に言おうとしていることが、よく見えてくるからです。</span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT">
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>1.私たちの見たこと、聞いたこと</strong></span></p>
<p align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　さて今日の聖書箇所の</span>3<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節でヨハネは、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです」</strong></span>と語っています。ヨハネは、この手紙を通して、自分たちの「見たこと、聞いたこと」を伝えようとしているのです。</span></p>
<p align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　では、ヨハネがこの手紙を通して伝えようとしている「見たこと、聞いたこと」というのは、いったいどういうものなのでしょうか。それは、</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">－</span>2<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節によれば、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「いのちのことば」</strong></span>であり、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「永遠のいのち」</strong></span>のことです。ヨハネはこの手紙を通して、「いのちのことば」また「永遠のいのち」について伝えようとしているのです。</span></p>
<p align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　しかしヨハネが</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">－</span>2<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節で語っている「いのちのことば」また「永遠のいのち」というのは、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの」</strong></span>とあるように、何か人格的な存在であるように思えます。</span></p>
<p align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節の始めに、この「いのちのことば」また「永遠のいのち」は、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「初めからあったもの」</strong></span>だと言われています。また</span>2<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節には<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「御父とともにあった」</strong></span>と言われてます。この「初めからあったもの」とか「御父とともにあった」という言葉を聞くと、一つの御言葉を思い出します。それはヨハネの福音書</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">－</span>2<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節の御言葉です。<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「</strong></span><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>初めに、ことばがあった</strong></span></span><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。</strong></span><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>この方は、初めに神と共におられた</strong></span></span><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>」</strong></span>。このヨハネの福音書</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">－</span>2<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節の御言葉は、まさに「イエス様」のことについて語っている御言葉です。その意味では、今日の聖書箇所でヨハネが「初めからあったもの」とか「御父とともにあった」と語っている「いのちのことば」また「永遠のいのち」というのも、「イエス様」のことであると言えます。</span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　ですからヨハネは、この手紙を通して、自分たちが「見た」また「聞いた」「イエス様」について伝えようとしていると言えます。</span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT">
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>2.伝える目的</strong></span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　では、ヨハネはなぜ自分たちが「見た」また「聞いた」「イエス様」について伝えようとしているのでしょうか。その目的は、いったい何なのでしょうか。今日の聖書箇所には、ヨハネがイエス様について伝えようとしている</span>3<span style="font-family: Arial Unicode MS;">つの目的が書かれています。</span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>1.私たちと交わりを持つため</strong></span></p>
<p align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　まず第一は、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「交わりを持つようになるため」</strong></span>です。ヨハネは、イエス様のことについて「あなたがた」と呼ばれる人たちに伝えることによって、その「あなたがた」と「交わり」を持とうとしたのです。私たちはここから、教会の「交わり」について教えられることがあります。教会の「交わり」というのは、イエス様を伝えることから生まれるのです。</span>2<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節でヨハネは、「あかしする」とも言っています。その意味で、教会の「交わり」は、イエス様についてあかしすることから生まれると言っても良いと思います。</span></p>
<p align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　では、ヨハネがここで「交わり」を持とうとしているのは、どんな人たちなのでしょうか。クリスチャンでしょうか。それともノンクリスチャンでしょうか。この手紙の</span>5<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章</span>13<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節を見ると、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「私が</strong></span><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>神の御子の名を信じているあなたがた</strong></span></span><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>に対してこれらのことを書いたのは、</strong></span><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>あなたがたが永遠のいのちを持っている</strong></span></span><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>ことを、あなたがたによくわからせるためです」</strong></span>とあります。ですからヨハネがここで「交わり」を持とうとしているのは、すでにイエス様を信じ、永遠のいのちを持っているクリスチャンたちです。ヨハネはあるクリスチャンたちと「交わり」を持つために、イエス様のことを伝え、あかししようとしたのです。私たちはイエス様のことを伝え、あかしすると聞くと、すぐにノンクリスチャンに対してするべきことと考えてしまいます。しかし私たちは、すでにイエス様を信じ、永遠のいのちを持っているクリスチャンに対しても、イエス様のことを伝え、あかしするべきなのです。そして教会の「交わり」というのは、そのようにイエス様のことを伝え、あかしする時に生まれてくるものなのです。私自身は、自然とクリスチャンが集まれば、そこに「交わり」が生まれるとは思いません。食事をし、楽しいことを共有すれば、そこに「交わり」が生まれるとも思いません。それらは広い意味では「交わり」であると言えるかもしれません。しかし聖書が言う、厳密な意味での「交わり」というのは、自然には生まれないもの、お互いがイエス様をあかしし合う時にしか「生まれないもの」だと思っています。</span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　私自身が最初に、真実にクリスチャンの「交わり」を経験したのは、</span>Hi-B.A<span style="font-family: Arial Unicode MS;">という高校生によるクリスチャンの集まりでした。この中にも高校生時代に</span>Hi-B.A<span style="font-family: Arial Unicode MS;">に行かれた方が何名かおられますけれども、</span>Hi-B.A<span style="font-family: Arial Unicode MS;">の一番の魅力は、私自身は「交わり」だと思います。もちろん、スタッフによる高校生の心に響くメッセージや力強い賛美も魅力でしたけれども、高校生同士が本音を語り合い、神様の恵みを分かち合う「交わり」こそ魅力だと思います。</span>Hi-B.A<span style="font-family: Arial Unicode MS;">では、毎週の集会で一週間の中で受けた神様からの恵みをみんなで分かち合います。キャンプでは、メッセージの後に、そのメッセージで受けた神様の恵みについて分かち合います。またキャンプの終わりには、キャンプ全体で受けた神様の恵みについて分かち合います。そのように、</span>Hi-B.A<span style="font-family: Arial Unicode MS;">ではいつも、高校生がお互いに神様の恵みを分かち合い、イエス様のことをあかしし合っていたのです。そしてそこに「交わり」が生まれていたのです。そしてその「交わり」が何より楽しかった。その「交わり」の中にずっといたいと思ったのです。私はあの</span>Hi-B.A<span style="font-family: Arial Unicode MS;">での「交わり」というのは、聖書で言う、厳密な意味での「交わり」であったのではないかと思います。</span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　私自身がこの教会において目指す「交わり」というのは、馴れ合いの「交わり」ではなく、聖書で言う、厳密な意味での「交わり」です。お互いが神様の恵みを分かち合う、お互いがイエス様をあかしし合う、そういう「交わり」です。繰り返し言いますけれども、「交わり」は自然に生まれるものではありません。私たちが作っていくものです。ぜひ今年、壮年会や婦人会、またまきば会において、このような「交わり」を作っていただきたいと思います。ぜひ神様の恵みを分かち合い、イエス様をあかしし合う「交わり」を作っていただきたいと思います。</span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>2.御父および御子イエス・キリストとの交わりを持つため</strong></span></p>
<p align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　さて、ヨハネがイエス様について伝えようとしている目的の第二のものは、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「御父および御子イエス・キリストとの交わりを持つため」</strong></span>です。先ほども言いましたけれども、ヨハネが「交わり」を持とうとしている「あなたがた」というのは、すでにイエス様を信じ、永遠のいのちを持っているクリスチャンたちです。しかしヨハネは、そのような人たちに、「御父および御子イエス・キリストとの交わり」を持たせようとしているのです。なぜでしょうか。そこにはクリスチャンになっても神様との「交わり」がしっかりと持たれていないという現実があるからではないでしょうか。ヨハネはここで、クリスチャンたちに、しっかりと神様との「交わり」を持ってほしいという願いを込めて、イエス様について伝えているのではないでしょうか。</span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　この願いは、私自身の願いでもあります。私自身が毎週この講壇で説教する時も、皆さんに神様との「交わり」を持ってほしいという願いを込めて語っています。神様との「交わり」というのは、クリスチャン生活の基礎です。これがないとクリスチャンとしての成長は望めません。では私たちは、どのようにして神様と「交わり」をするのでしょうか。それはまず第一に、「礼拝」を通してです。日曜日に礼拝に集まって讃美し、祈りを捧げ、説教を聞く、また聖餐式に与る、こうして私たちは、神様との「交わり」をするのです。そしてもう一つ大切なことは、個人ディボーションとか</span>QT<span style="font-family: Arial Unicode MS;">と呼ばれるものを通して神様と「交わり」をすることです。つまり毎日聖書を読み、毎日祈ることによって、神様と「交わり」をすることです。このようにして神様との「交わり」を深めていくことこそ、クリスチャン生活の基礎です。このような神様との日々の、そして毎週の「交わり」によって、私たちと神様との関係が作られていくのです。このように神様との関係がしっかりと作られていないと、私たちの信仰は、試練や苦難に遭うと、もろくも崩れ去ってしまうのです。神様との「交わり」は、私たちの信仰を支えるものです。ですからぜひ今年は、皆さんひとりひとりが神様との「交わり」を深めていただきたいと思います。特に、毎日聖書を読み、祈ること、そのようにして神様との「交わり」を深めていただきたいと思います。今日は</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">月</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">日です。去年できなかった人は、今日から初めて見ることも良いと思います。そのような日々の神様との「交わり」の積み重ねは、確実に神様と皆さんとの関係を強めていくものとなります。</span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>3.喜びが全きものとなるため</strong></span></p>
<p align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　そして、ヨハネがイエス様について伝えようとしている目的の第二のものは、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「喜びが全きものとなるため」</strong></span>です。この「喜びが全きものとなる」というのは、「喜びが満たされる」ということです。ヨハネは、自分自身が喜びに満たされるために、イエス様のことを伝えようとしているのです。</span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT">
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>おわりに</strong></span></p>
<p lang="en-US" align="LEFT"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　イエス様について伝える時、そこに何が生まれるのでしょうか。それはまず第一に、「人との交わり」です。そして第二に、「神様との交わり」です。そして第三に、「喜び」です。イエス様のことを伝えるのは、もちろんノンクリスチャンに対しても大切ですけれども、クリスチャンに対しても大切なことです。クリスチャン同士で神様の恵みを分かち合い、イエス様をあかしし合う、そのような中で私たちの「交わり」は作られていくのです。そしてそのような「交わり」の中で、ひとりひとりの神様との「交わり」をも励まされていくのです。そのような「交わり」の中で、自分も神様との「交わり」をしっかり持とうという思いが与えられていくのです。そしてひとりひとりの神様との「交わり」から、また神様の恵みが与えられ、イエス様についてのあかしが与えられ、お互いの「交わり」が強められていくのです。そしてそのような「交わり」においては、いつも「喜び」が生まれるのです。教会が「喜び」に満たされる、その「喜び」はお互いが神様の恵みを分かち合い、イエス様をあかしし合う「交わり」から生まれるのです。</span></p>
]]></content:encoded>
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		<title>ここに愛がある</title>
		<link>http://www.ofgod.org/2011/12/25/%e3%81%93%e3%81%93%e3%81%ab%e6%84%9b%e3%81%8c%e3%81%82%e3%82%8b/</link>
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		<pubDate>Sun, 25 Dec 2011 04:30:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[主日説教]]></category>

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		<description><![CDATA[ヨハネの手紙第一4章7－12節 はじめに 　クリスマスおめでとうございます。今年は、12月25日が日曜日という珍しい年です。12月25日が日曜日ですと、1月1日も日曜日になります。ですから今年は、クリスマス礼拝の次の週がすぐに元旦礼拝となります。 　今年は、アドベントの4つの主日で礼拝を捧げ、そしてさらに今日12月25日にも、クリスマス礼拝を捧げています。通常は、12月25日が日曜日ということがないので、クリスマス前の一番近い主日をクリスマス礼拝として捧げます。そうなると大体、アドベントの第四主日がクリスマス礼拝となるわけです。しかし今年は、12月25日が日曜日ですので、アドベントの4つの主日で礼拝を捧げたうえ、さらにクリスマス当日にも礼拝があるわけです。ですからいつもより、クリスマスに関する礼拝が一週多い年となります。ですから通常は、アドベントのロウソクも4つの主日分の4本で足りるのですけれども、今年はクリスマス当日の分のロウソクも改めて用意しなければなりませんでした。 　このことはロウソクだけの話ではなくて、説教においてもそうです。クリスマスに関する説教は、通常、4つの主日分を用意すればよいのですけれども、今年は4つでは足りない。クリスマス当日分の説教も用意しなければなりませんでした。そこで私はまた頭を悩ませました。どこから説教しようかと。そこで色々と悩んだ末に導かれた聖書箇所は、先ほど読んだヨハネの手紙第一4章7－12節です。この御言葉は、昨日の夜に行われましたクリスマスイブ礼拝のメッセージの聖書箇所でもありました。 　なぜクリスマスにこの聖書箇所なのか。それは、この御言葉には、イエス様がお生まれになった、あるいはイエス様が遣わされたことの意味と、そこに込められた神様の愛というのが豊かに現れている御言葉だからです。クリスマスは、イエス様がお生まれになったことを祝う日です。そうであるならば私たちは、このクリスマスに、そこに込められた神様の愛とイエス様がお生まれになったことの意味を覚えることが相応しいのではないかと思うのです。そしてさらに、神様の愛とイエス様が生まれになったことの意味を覚えたならば、私たちは何をすべきなのか、そのことについて思い巡らしたいと思うのです。 1.互いに愛し合う 　今日の聖書箇所はまず、「愛する者たち。私たちは互いに愛し合いましょう」という言葉から始まります。ここに出てくる「愛する者たち」というのは、厳密に言えば、「愛されている者たち」という意味の言葉です。ですからヨハネはここで、「あなたがたは愛されている者たちなのだから、互いに愛し合いましょう」と言っているのではないかと思います。ヨハネはこの4章までの間に、すでに「互いに愛し合う」べきことを、この手紙の中で語ってきました。3章11節には、「互いに愛し合うべきであるということは、あなたがたが初めから聞いている教えです」とありますし、3章23節には、「神の命令とは、私たちが御子イエス・キリストの御名を信じ、キリストが命じられたとおりに、私たちが互いに愛し合うことです」とあります。 　今日の聖書箇所でも「互いに愛し合う」という言葉が出てきます。11節。「愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです」。そして12節。「もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです」。 　ここで少し注目してみたいことは、7節でヨハネは、「私たちは互いに愛し合いましょう」と言っていますけれども、11節では「私たちもまた互いに愛し合うべきです」と言っています。7節では「愛し合いましょう」と呼び掛けのような言い方であったのに、11節では「愛し合うべきです」とかなり強い言い方になっています。この「愛し合うべきです」という言葉の「べき」という言葉は、「義務がある」「借金がある」という意味の言葉です。ですからこの「愛し合うべきです」という言葉は、「愛し合う義務がある」「愛し合う借りがある」という意味なのです。 　ヨハネは、7節では「愛し合いましょう」と呼び掛ける程度であったのに、なぜ11節では「愛し合う義務がある」「愛し合う借りがある」と強い口調になったのでしょうか。それは7節後半から10節に書かれている内容に関係があります。ヨハネは7節後半から10節にかけて、「神様の愛」について書いています。ヨハネは「神様の愛」について書いている間に、「愛し合いましょう」なんて生ぬるいことなど言ってられない、むしろ私たちは「愛し合う義務」があるのだ、神様に愛された私たちは、「愛」の借金があるのだ、だから神様に愛された私たちが「愛し合う」のは当然なのだ、そういう思いにさせられたのだと思います。 　ではヨハネがここで「愛し合いましょう」また「愛し合うべきです」と言っている「愛」というのは、いったいどのような「愛」なのでしょうか。昨日のクリスマスイブ礼拝でも言いましたけれども、ギリシヤ語には、「愛」を表す言葉が4つあります。一つは「ストルゲー」。これは家族同士の家族愛を表す時に使う言葉です。二つ目は「エロース」。これは男女同士の性的な愛を表す時に使う言葉です。そして三つ目は「フィリア」。これは友達同士の友愛を表す時に使う言葉です。そして四つ目は「アガペー」。これは自己犠牲的な愛、無条件の愛を表す時に使う言葉です。この4つの「愛」を表す言葉のうち、新約聖書に出てくるのは、「フィリア」と「アガペー」だけです。そしてヨハネがここで「愛し合いましょう」また「愛し合うべきです」と言っている「愛」というのは、「アガペー」の「愛」です。つまり自己犠牲的な「愛」、無条件の「愛」です。ヨハネはここで、私たちは自己犠牲的な「愛」で、無条件の「愛」で、愛し合いましょうと言っているのです。 2.神の愛 　しかしどうでしょうか。私たちの「愛」の現実は、自己犠牲的な「愛」や無条件の「愛」であるよりも、むしろ自己中心的な「愛」、条件付きの「愛」であることが多いのではないでしょうか。確かに自己犠牲的な「愛」や無条件の「愛」は、私たちに感動を与えます。それゆえ私たちは、そのような「愛」を求めます。そしてそのような「愛」を持ちたちと願います。しかし現実にはなかなか、そのような「愛」には及ばない自分自身を見出すのではないでしょうか。ではどうしたら私たちは、自己犠牲的な「愛」や無条件の「愛」で愛し合うことができるようになるのでしょうか。 　ヨハネは、そのような自己犠牲的な「愛」、無条件の「愛」は、「神から出ている」と7節で言っています。つまりそのような「愛」は、神様から泉のように湧き出ていると言うのです。また8節でこのようにも言っています。「神は愛だからです」。神は「愛」そのものだと言うのです。つまり自己犠牲的な「愛」、無条件の「愛」は、「愛」そのものである神様から泉のように湧き出ていると言うのです。ですからヨハネは、神様を知らない限り、そのような自己犠牲的な「愛」、無条件の「愛」で愛し合うことはできない、またその神様から生まれない限り、そのような「愛」で愛し合うことはできないと言っているのです。 　では神様のそのような自己犠牲的な「愛」、無条件の「愛」というものを、私たちはどのように知ることができるのでしょうか。9節には、「ここに、神の愛が私たちに示されたのです」とあります。また10節には「ここに愛があるのです」とあります。神様の「愛」、自己犠牲的な、無条件の「愛」というのは、ヨハネが言う「ここ」にすでに示されているのです。ではヨハネが言う「ここ」とは、いったい何でしょうか。それは、神様が、私たちにいのちを与えるために、私たちの罪のためのなだめの供え物として、愛するひとり子イエス様をこの世に遣わしてくだったという事実です。「ここに」こそ、神様の自己犠牲的な、無条件の「愛」が私たちにすでに示されているとヨハネは言うのです。 　なぜこのことが自己犠牲的な、無条件の「愛」なのでしょうか。それは、神様が愛するひとり子イエス様を、私たちの罪のためのなだめの供え物として遣わされたからです。「私たちの罪」、それは神様に背を向けることです。聖書で言う「罪」は、様々に定義することができますけれども、その本質を表す表現は、神様を無視し、神様に背を向けることと言っても良いでしょう。神様は、神様を無視し、神様に背を向ける私たちのために、愛するひとり子イエス様を「なだめの供え物」としたのです。「なだめの供え物」とは、神様の怒りを「なだめる」ために捧げられる「いけにえ」です。これは本来、神の怒りを引き起こした人間の側が用意すべきものです。しかし神様は、御自身が、御自身の怒りを「なだめるいけにえ」を用意されたのです。それが愛するひとり子イエス様です。神様は、御自身を無視し、御自身に背を向ける私たちへの怒りを「なだめる」ために、御自身の愛するひとり子イエス様を犠牲にされたのです。その犠牲は、具体的にどのような形で現れたのでしょうか。それは、「十字架」です。イエス様が十字架にかかられることこそ、神様の怒りを「なだめる」いけにえであったのです。神様は御自身の怒りを私たちにぶつける代わりに、十字架のイエス様にぶつけられたのです。こうして私たちに「いのち」が与えられたのです。真実な意味において「生かされる」ようになったのです。その背後には、神様を無視し、神様に背を向けた私たちに対する神様の無条件の「愛」があったのです。そしてさらに、私たちに対する怒りを「なだめる」ために、愛するひとり子イエス様を十字架にかけるという神様の自己犠牲的な「愛」があったのです。 3.互いに愛し合う結果 　私たちは、このような神様の自己犠牲的な、無条件の「愛」を知る時、私たちもそのような「愛」で愛し合う者へと少しずつ変えられていくのです。ヨハネが言うように、神様の自己犠牲的な、無条件の「愛」で愛された者は、神様に対して義務を負うようになります。神様の自己犠牲的な、無条件の「愛」で愛されていながら、自分自身は自己中心的で、条件付きの「愛」で人を愛することなどできないからです。自己犠牲的な「愛」で愛されたなら、自分も自己犠牲的な「愛」で人を愛する義務を負う。無条件の「愛」で愛されたなら、自分も無条件の「愛」で人を愛する義務を負う。それがヨハネが言おうとしていることです。 　ヨハネは12節で、もし私たちが自己犠牲的な、無条件の「愛」で愛し合った時に、どういうことが起こるかということを書いています。ヨハネは「もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです」と言っています。ここに「神は私たちのうちにおられ」とありますけれども、この「おられる」という言葉は、「住む」とか「宿る」という意味の言葉です。ですから、もし私たちが自己犠牲的な、無条件の「愛」で愛し合うなら、神様が私たちのうちに住んでくださる、宿ってくださる、つまり臨在されるというのです。ヨハネは「いまだかつて、だれも神を見た者はありません」と言っています。そうです。私たちは神様を見ることはできません。しかし私たちが真実に愛し合うなら、神様に愛されたように愛し合うなら、そこに神様が臨在され、人々は神を見るのだと言うのです。神様は愛のうちに臨在されるのです。 　皆さんの中にも、このことを経験されたことがある方がおられると思います。教会に来て、説教を聞いても神様のことがよく分からなかった。しかし教会に来ている人が、自分に優しくしてくれた。そこで、なぜこの人たちはこんなに優しいのかと考えた。それは、この人たちが神様を信じているからだと分かった。だから自分自身も神様を知りたいと思うようになった。そのような証をよく聞きます。これは、愛のうちに神様が臨在されることの証ではないでしょうか。その意味で伝道というのは、チラシを配ることから始まるのではなく、また福音を語ることから始まるのでもなく、私たちがまず「愛」の人となることから始まると言えます。このことは、先月この教会に来てくださった金小益牧師の講演を通しても教えられたことでありました。私たちが、自己犠牲的な、無条件の「愛」で愛し合い、「愛」の人となる時、そこに神様が御自身を豊かに表してくださるのです。 おわりに 　このクリスマスに私たちは、まず何よりも、イエス様が生まれたことの背後には、神様の私たちに対する自己犠牲的な、無条件の「愛」があることを覚えたいと思うのです。その「愛」をまだご自身のものとして受け入れておられない方がいるなら、ぜひ今日受け入れていただきたいのです。 　そしてもし私たちが神様の自己犠牲的な、無条件の「愛」を受け入れているなら、私たちはその「愛」で「互いに愛し合う」義務を負っていることを覚えたいのです。 　神様の「愛」を受け入れ、その「愛」で人を愛する、そしてその「愛」の内に神様が豊かに現れる、そのような歩みこそ、「愛」の源であり、「愛」そのものである神様が望んでおられることです。そしてそのような歩みこそ、クリスマスに最も相応しい歩みなのです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left;" lang="en-US" align="CENTER"><strong><span style="font-family: Arial Unicode MS;">ヨハネの手紙第一</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章</span>7<span style="font-family: Arial Unicode MS;">－</span>12<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節</span></strong></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>はじめに</strong></span></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　クリスマスおめでとうございます。今年は、</span>12<span style="font-family: Arial Unicode MS;">月</span>25<span style="font-family: Arial Unicode MS;">日が日曜日という珍しい年です。</span>12<span style="font-family: Arial Unicode MS;">月</span>25<span style="font-family: Arial Unicode MS;">日が日曜日ですと、</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">月</span>1<span style="font-family: Arial Unicode MS;">日も日曜日になります。ですから今年は、クリスマス礼拝の次の週がすぐに元旦礼拝となります。</span></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　今年は、アドベントの</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">つの主日で礼拝を捧げ、そしてさらに今日</span>12<span style="font-family: Arial Unicode MS;">月</span>25<span style="font-family: Arial Unicode MS;">日にも、クリスマス礼拝を捧げています。通常は、</span>12<span style="font-family: Arial Unicode MS;">月</span>25<span style="font-family: Arial Unicode MS;">日が日曜日ということがないので、クリスマス前の一番近い主日をクリスマス礼拝として捧げます。そうなると大体、アドベントの第四主日がクリスマス礼拝となるわけです。しかし今年は、</span>12<span style="font-family: Arial Unicode MS;">月</span>25<span style="font-family: Arial Unicode MS;">日が日曜日ですので、アドベントの</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">つの主日で礼拝を捧げたうえ、さらにクリスマス当日にも礼拝があるわけです。ですからいつもより、クリスマスに関する礼拝が一週多い年となります。ですから通常は、アドベントのロウソクも</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">つの主日分の</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">本で足りるのですけれども、今年はクリスマス当日の分のロウソクも改めて用意しなければなりませんでした。</span></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　このことはロウソクだけの話ではなくて、説教においてもそうです。クリスマスに関する説教は、通常、</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">つの主日分を用意すればよいのですけれども、今年は</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">つでは足りない。クリスマス当日分の説教も用意しなければなりませんでした。そこで私はまた頭を悩ませました。どこから説教しようかと。そこで色々と悩んだ末に導かれた聖書箇所は、先ほど読んだヨハネの手紙第一</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章</span>7<span style="font-family: Arial Unicode MS;">－</span>12<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節です。この御言葉は、昨日の夜に行われましたクリスマスイブ礼拝のメッセージの聖書箇所でもありました。</span></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　なぜクリスマスにこの聖書箇所なのか。それは、この御言葉には、イエス様がお生まれになった、あるいはイエス様が遣わされたことの意味と、そこに込められた神様の愛というのが豊かに現れている御言葉だからです。クリスマスは、イエス様がお生まれになったことを祝う日です。そうであるならば私たちは、このクリスマスに、そこに込められた神様の愛とイエス様がお生まれになったことの意味を覚えることが相応しいのではないかと思うのです。そしてさらに、神様の愛とイエス様が生まれになったことの意味を覚えたならば、私たちは何をすべきなのか、そのことについて思い巡らしたいと思うのです。</span></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>1.互いに愛し合う</strong></span></p>
<p align="JUSTIFY"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　今日の聖書箇所はまず、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「愛する者たち。私たちは互いに愛し合いましょう」</strong></span>という言葉から始まります。ここに出てくる「愛する者たち」というのは、厳密に言えば、「愛されている者たち」という意味の言葉です。ですからヨハネはここで、「あなたがたは愛されている者たちなのだから、互いに愛し合いましょう」と言っているのではないかと思います。ヨハネはこの</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章までの間に、すでに「互いに愛し合う」べきことを、この手紙の中で語ってきました。</span>3<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章</span>11<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節には、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「互いに愛し合うべきであるということは、あなたがたが初めから聞いている教えです」</strong></span>とありますし、</span>3<span style="font-family: Arial Unicode MS;">章</span>23<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節には、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「神の命令とは、私たちが御子イエス・キリストの御名を信じ、キリストが命じられたとおりに、私たちが互いに愛し合うことです」</strong></span>とあります。</span></p>
<p align="JUSTIFY"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　今日の聖書箇所でも「互いに愛し合う」という言葉が出てきます。</span>11<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節。<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです」</strong></span>。そして</span>12<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節。<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです」</strong></span>。</span></p>
<p align="JUSTIFY"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　ここで少し注目してみたいことは、</span>7<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節でヨハネは、「私たちは互いに愛し合い<span style="text-decoration: underline;">ましょう</span>」と言っていますけれども、</span>11<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節では「私たちもまた互いに愛し合う<span style="text-decoration: underline;">べきです</span>」と言っています。</span>7<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節では「愛し合いましょう」と<span style="text-decoration: underline;">呼び掛けのような言い方</span>であったのに、</span>11<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節では「愛し合うべきです」と<span style="text-decoration: underline;">かなり強い言い方</span>になっています。この「愛し合うべきです」という言葉の「べき」という言葉は、「義務がある」「借金がある」という意味の言葉です。ですからこの「愛し合うべきです」という言葉は、「愛し合う義務がある」「愛し合う借りがある」という意味なのです。</span></p>
<p lang="en-US" align="JUSTIFY"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　ヨハネは、</span>7<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節では「愛し合いましょう」と呼び掛ける程度であったのに、なぜ</span>11<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節では「愛し合う義務がある」「愛し合う借りがある」と強い口調になったのでしょうか。それは</span>7<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節後半から</span>10<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節に書かれている内容に関係があります。ヨハネは</span>7<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節後半から</span>10<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節にかけて、「神様の愛」について書いています。ヨハネは「神様の愛」について書いている間に、「愛し合いましょう」なんて生ぬるいことなど言ってられない、むしろ私たちは「愛し合う義務」があるのだ、神様に愛された私たちは、「愛」の借金があるのだ、だから神様に愛された私たちが「愛し合う」のは当然なのだ、そういう思いにさせられたのだと思います。</span></p>
<p lang="en-US" align="JUSTIFY"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　ではヨハネがここで「愛し合いましょう」また「愛し合うべきです」と言っている「愛」というのは、いったいどのような「愛」なのでしょうか。昨日のクリスマスイブ礼拝でも言いましたけれども、ギリシヤ語には、「愛」を表す言葉が</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">つあります。一つは「ストルゲー」。これは家族同士の家族愛を表す時に使う言葉です。二つ目は「エロース」。これは男女同士の性的な愛を表す時に使う言葉です。そして三つ目は「フィリア」。これは友達同士の友愛を表す時に使う言葉です。そして四つ目は「アガペー」。これは自己犠牲的な愛、無条件の愛を表す時に使う言葉です。この</span>4<span style="font-family: Arial Unicode MS;">つの「愛」を表す言葉のうち、新約聖書に出てくるのは、「フィリア」と「アガペー」だけです。そしてヨハネがここで「愛し合いましょう」また「愛し合うべきです」と言っている「愛」というのは、「アガペー」の「愛」です。つまり自己犠牲的な「愛」、無条件の「愛」です。ヨハネはここで、私たちは自己犠牲的な「愛」で、無条件の「愛」で、愛し合いましょうと言っているのです。</span></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>2.神の愛</strong></span></p>
<p lang="en-US" align="JUSTIFY"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　しかしどうでしょうか。私たちの「愛」の現実は、自己犠牲的な「愛」や無条件の「愛」であるよりも、むしろ自己中心的な「愛」、条件付きの「愛」であることが多いのではないでしょうか。確かに自己犠牲的な「愛」や無条件の「愛」は、私たちに感動を与えます。それゆえ私たちは、そのような「愛」を求めます。そしてそのような「愛」を持ちたちと願います。しかし現実にはなかなか、そのような「愛」には及ばない自分自身を見出すのではないでしょうか。ではどうしたら私たちは、自己犠牲的な「愛」や無条件の「愛」で愛し合うことができるようになるのでしょうか。</span></p>
<p align="JUSTIFY"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　ヨハネは、そのような自己犠牲的な「愛」、無条件の「愛」は、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「神から出ている」</strong></span>と</span>7<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節で言っています。つまりそのような「愛」は、神様から泉のように湧き出ていると言うのです。また</span>8<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節でこのようにも言っています。<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「神は愛だからです」</strong></span>。神は「愛」そのものだと言うのです。つまり自己犠牲的な「愛」、無条件の「愛」は、「愛」そのものである神様から泉のように湧き出ていると言うのです。ですからヨハネは、神様を<span style="text-decoration: underline;">知らない</span>限り、そのような自己犠牲的な「愛」、無条件の「愛」で愛し合うことはできない、またその神様から<span style="text-decoration: underline;">生まれない</span>限り、そのような「愛」で愛し合うことはできないと言っているのです。</span></p>
<p align="JUSTIFY"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　では神様のそのような自己犠牲的な「愛」、無条件の「愛」というものを、私たちはどのように知ることができるのでしょうか。</span>9<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節には、<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「ここに、神の愛が私たちに示されたのです」</strong></span>とあります。また</span>10<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節には<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「ここに愛があるのです」</strong></span>とあります。神様の「愛」、自己犠牲的な、無条件の「愛」というのは、ヨハネが言う「ここ」にすでに示されているのです。ではヨハネが言う「ここ」とは、いったい何でしょうか。それは、<span style="text-decoration: underline;">神様が、私たちにいのちを与えるために、私たちの罪のためのなだめの供え物として、愛するひとり子イエス様をこの世に遣わしてくだったという事実</span>です。「ここに」こそ、神様の自己犠牲的な、無条件の「愛」が私たちにすでに示されているとヨハネは言うのです。</span></p>
<p><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　なぜこのことが自己犠牲的な、無条件の「愛」なのでしょうか。それは、神様が愛するひとり子イエス様を、<span style="text-decoration: underline;">私たちの罪のためのなだめの供え物として遣わされたから</span>です。「私たちの罪」、それは神様に背を向けることです。聖書で言う「罪」は、様々に定義することができますけれども、その本質を表す表現は、神様を無視し、神様に背を向けることと言っても良いでしょう。神様は、神様を無視し、神様に背を向ける私たちのために、愛するひとり子イエス様を「なだめの供え物」としたのです。「なだめの供え物」とは、神様の怒りを「なだめる」ために捧げられる「いけにえ」です。これは本来、神の怒りを引き起こした人間の側が用意すべきものです。しかし神様は、<span style="text-decoration: underline;">御自身が</span>、御自身の怒りを「なだめるいけにえ」を用意されたのです。それが愛するひとり子イエス様です。神様は、御自身を無視し、御自身に背を向ける私たちへの怒りを「なだめる」ために、御自身の愛するひとり子イエス様を犠牲にされたのです。その犠牲は、具体的にどのような形で現れたのでしょうか。それは、「十字架」です。イエス様が十字架にかかられることこそ、神様の怒りを「なだめる」いけにえであったのです。神様は御自身の怒りを私たちにぶつける代わりに、十字架のイエス様にぶつけられたのです。こうして私たちに「いのち」が与えられたのです。真実な意味において「生かされる」ようになったのです。その背後には、神様を無視し、神様に背を向けた私たちに対する神様の無条件の「愛」があったのです。そしてさらに、私たちに対する怒りを「なだめる」ために、愛するひとり子イエス様を十字架にかけるという神様の自己犠牲的な「愛」があったのです。</span></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>3.互いに愛し合う結果</strong></span></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　私たちは、このような神様の自己犠牲的な、無条件の「愛」を知る時、私たちもそのような「愛」で愛し合う者へと少しずつ変えられていくのです。ヨハネが言うように、神様の自己犠牲的な、無条件の「愛」で愛された者は、神様に対して義務を負うようになります。神様の自己犠牲的な、無条件の「愛」で愛されていながら、自分自身は自己中心的で、条件付きの「愛」で人を愛することなどできないからです。自己犠牲的な「愛」で愛されたなら、自分も自己犠牲的な「愛」で人を愛する義務を負う。無条件の「愛」で愛されたなら、自分も無条件の「愛」で人を愛する義務を負う。それがヨハネが言おうとしていることです。</span></p>
<p><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　ヨハネは</span>12<span style="font-family: Arial Unicode MS;">節で、もし私たちが自己犠牲的な、無条件の「愛」で愛し合った時に、どういうことが起こるかということを書いています。ヨハネは<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです」</strong></span>と言っています。ここに「神は私たちのうちにおられ」とありますけれども、この「おられる」という言葉は、「住む」とか「宿る」という意味の言葉です。ですから、もし私たちが自己犠牲的な、無条件の「愛」で愛し合うなら、神様が私たちのうちに住んでくださる、宿ってくださる、つまり臨在されるというのです。ヨハネは<span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>「いまだかつて、だれも神を見た者はありません」</strong></span>と言っています。そうです。私たちは神様を見ることはできません。しかし私たちが真実に愛し合うなら、神様に愛されたように愛し合うなら、そこに神様が臨在され、人々は神を見るのだと言うのです。神様は愛のうちに臨在されるのです。</span></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　皆さんの中にも、このことを経験されたことがある方がおられると思います。教会に来て、説教を聞いても神様のことがよく分からなかった。しかし教会に来ている人が、自分に優しくしてくれた。そこで、なぜこの人たちはこんなに優しいのかと考えた。それは、この人たちが神様を信じているからだと分かった。だから自分自身も神様を知りたいと思うようになった。そのような証をよく聞きます。これは、愛のうちに神様が臨在されることの証ではないでしょうか。その意味で伝道というのは、チラシを配ることから始まるのではなく、また福音を語ることから始まるのでもなく、私たちがまず「愛」の人となることから始まると言えます。このことは、先月この教会に来てくださった金小益牧師の講演を通しても教えられたことでありました。私たちが、自己犠牲的な、無条件の「愛」で愛し合い、「愛」の人となる時、そこに神様が御自身を豊かに表してくださるのです。</span></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック,monospace;"><strong>おわりに</strong></span></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　このクリスマスに私たちは、まず何よりも、イエス様が生まれたことの背後には、神様の私たちに対する自己犠牲的な、無条件の「愛」があることを覚えたいと思うのです。その「愛」をまだご自身のものとして受け入れておられない方がいるなら、ぜひ今日受け入れていただきたいのです。</span></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　そしてもし私たちが神様の自己犠牲的な、無条件の「愛」を受け入れているなら、私たちはその「愛」で「互いに愛し合う」義務を負っていることを覚えたいのです。</span></p>
<p lang="en-US"><span style="font-family: Arial Unicode MS;">　神様の「愛」を受け入れ、その「愛」で人を愛する、そしてその「愛」の内に神様が豊かに現れる、そのような歩みこそ、「愛」の源であり、「愛」そのものである神様が望んでおられることです。そしてそのような歩みこそ、クリスマスに最も相応しい歩みなのです。</span></p>
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